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0019 《紳士な彼と牛乳のお話を.》
バレンタインデーから数日たったある日のこと。懐かしい人のことがじんわりと蘇ってきた。
マンハッタンにあるイタリアンレストランで一人食事をしている。お皿からふとあげた目線が、前の席の男の子の背中に向いていることに気がついた。お父さんと、お姉ちゃんと三人でテーブルを囲んでいるその子は小学校低学年くらいだろうか。
ニューヨーク郊外の幼稚園に通っていたわたしは、先輩に憧れを抱いていた。一つか二つ歳上の小学生だった。彼の妹とはクラスメイトで、ごくたまに会えた時には、わたしのことも妹みたいに可愛がってくれた。彼は中国系アメリカ人だったから、同じアジアにルーツを持つことも大きかったのかもしれない。ものすごく紳士的でレディーファーストな彼が、ドアをおさえてくれた時にきゅんとしたことを今でも覚えている。
幼稚園と小学校の教室は、玄関を境に左右に分かれていた。彼を一目見たい気持ちはあるものの、玄関という壁は当時のわたしにとってあまりにも高いものだった。ただチャンスはやってくる。それが給食の時間だ。配られる牛乳はクラスで一本の割合で賞味期限が切れているので、”あたり”だった場合には給食室まで行って交換してもらわなければいけない。匂いを確認してから飲むよう先生が言っていたことが懐かしい。さて、わたしはそのあたりくじを引きたいといつも思っていた。その給食室は小学校の校舎にあるのだった。「これを口実にあの壁を超えられる。彼に会えるかもしれない。」と期待していた。
一度だけあたりを引いたけれど、彼には会えなかった。わたしは転校してしまったのでそれっきり。今視線の先にいるのは彼によく似た男の子だ。記憶の中の彼はこの歳でとまっているけれど、大人になった彼がこの街にいるのかもしれないと思うとなんだかふんわりとした気持ちになった。
彼にもし会えたなら、牛乳の話をしてみよう。きっと優しく笑ってくれるだろうな。