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Ep.1 アレクサンドル・カントロフ@ザ・シンフォニーホール 

何がすごいって

同じ歳とは思えない音楽の成熟ぶり。

ピアノというのは手段であって、
ピアノを弾いてるというよりも
もはや世界を創造している
神の視点で音楽を作っている
そんな感じだった。。


哲学的な何か

多分この方はすごく哲学的な発想を持った人で、
音楽自体が哲学のようだった。
普段の生活では意識しないような
心の奥底の虚無の世界をなぞられている、
または見下ろしているような感覚があった。
死後の世界だったり
人間の生死だったり、
カントロフの演奏を聴いていると
無意識にそのようなことについて想いを馳せていた。

リストの悲しみのゴンドラⅡでは
灰色の水たまりが滲んでいくよう。
虚無の世界だった。


壮大な建築物を全身で感じるような音楽体験

リサイタルが一つのストーリーのようで
プログラミングも全てカントロフの中で必然だったんだなと感じる。
目の前で繰り広げられる有機的に繋がっていく世界観に圧倒されっぱなし。
音楽を聴いてるはずなのに、
建築物を見ているような不思議な感覚を覚えた。(特にダンテ)
今までにない音楽体験、、、!

ザ・シンフォニーホール2階より(大阪)


私が座ったのは2階で、上から見下ろす形。
高い天井を持つシンフォニーホールの空間を生かし、何層にも重なった立体感を感じさせる音作りは、独特ながら圧倒的で唯一無二。
演奏中、何度か時空のゆがみを感じたのも、
きっと音の立体感から来ていたんだと思う。

シューマンが乗り移ってる?

シューマンを弾いているときは、シューマンが乗り移ったかのようだった。
シューマンの持つ内に秘めた暗い情熱、
歯止めの効かない心の内なる動き、
今ここにないものへの強い憧れが、
カントロフを通して迫ってきた。


ピアニストというより芸術家

美しいものを超えて
美しくないものまで見せてくれる
そういうピアニストだった。
というより芸術家だった。

そもそも芸術ってそういうものなんじゃないか
と思う。
美しいだけではなく
美しいを超えていくもの。

この人は、人が見えていないものを見ているんだなあ。と何度も感じた。
自分の魂のために弾いている感じ。
まさしく芸術家だなあと。

素晴らしさのあまり、
この人変人!って何度か叫びたくなるぐらいだった。


生のコンサートでしか感じられないこと

とっても主観的な感想だから
言葉にしない方がいいのかもしれないけれど
あの不思議な感覚がなんだったのか
言葉にして考えてみたいと思った。
でも言葉にしちゃうと全然違う。
だから言葉にするのって難しい。
やっぱり音楽は生が1番。
あの空気の揺れ、あの神聖な空気感は、
あの場にいることでしか感じられない。
あの体験は、YouTube越しではどうしたって出来ない。


わからないものや未知なものに
遭遇する感覚

って
人を、今いるところから
違う場所に
少し高みに
連れて行ってくれると思う。

まず心で感じて
そのあとに頭で考えてみる。
この感覚はなんだったんだろうって考えてみる。何にそんなに心動かされたんだろう、
なんでこんなに感動するんだろうって考えてみる。
そうやって新たな世界を知る・経験するってことが
私にとっては多分すごく大切なことで、
そういう時、自分が生き生きしているのが
自分でもよくわかる。笑

もっとそういう時間を
日常の中に作りたいな。

おまけ

未知なものへの遭遇というと、
以前NHKの番組『100分で名著』で知った
『惑星ソラリス』を思い出す。
タルコフスキーによるこの映画は、
難解だったけど、すごく感動した映画の一つ。

また見返したい。
その時はもっと多くのことが感じられるようになっていますように。!


最後に。当日のプログラム

リスト:J.S.バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」BWV12による前奏曲 S.179
シューマン:ピアノ・ソナタ第1番 嬰へ短調 op.11
ー休憩ー
リスト:巡礼の年 第2年「イタリア」からペトラルカのソネット 第104番
    別れ(ロシア民謡)
    悲しみのゴンドラ II
スクリャービン:詩曲「焔に向かって」
リスト:巡礼の年 第2年「イタリア」から ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」

アンコール

◎ヴェチェイ(シフラ編):悲しきワルツ
◎ストラヴィンスキー(アゴスティ編):バレエ「火の鳥」からフィナーレ
◎グルック(ズガンバーティ編):精霊の踊り
◎ブラームス:4つのバラード op.10から 第2曲、第1曲

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