見出し画像

MARUYOSHIKOSAKA STORY~職人技の奥深さにふれる~


長野県木曽平沢に佇む老舗職人工房・丸嘉小坂漆器店は、「漆硝子」の技術開発にはじまり「一貫製作」による製造工程の確立、さらには「新規ブランドの立ち上げ」と、時代に合わせ絶えず変化し続けてきた。

製造面における強み

古くより漆工業は分業体制(木地・下地・塗り・加飾)が主であったことから、丸嘉小坂漆器店も創業当時は一部の工程を担う下請けの職人工房であった。そこに、「木工」の技術を持った玲央さんが加わったこと、さらに「加飾」の技術を奥様・智恵さんが習得されたことで、「一貫制作」のできる工房へと一変した。

そして、変化は「一貫制作」というだけに留まらなかったのである。

「一貫制作」が可能となった事で新たな需要が生まれ、先代が予てより有していたものの、時代の変化とともに一旦途絶えていた漆工業の最高工程と呼ばれる「本堅地呂色塗り」の技術を、若い世代に受け継ぐ機会ができ、より強化された職人工房へと生まれ変わったのだ。

■「本堅地呂色塗り」とは?
⇒「本堅地」は、布や地の粉・錆土を漆を使用して重ね、下地を作るもので、漆器下地で最も堅牢とされる技法です。「呂色塗り」とは、漆を塗っては磨く作業を繰り返し、平滑で鏡面のような仕上げにする技法のこと。特に黒漆の呂色塗りは、まさに「漆黒」のような吸い込まれる深みを表現します。「本堅地呂色塗り」とは、多くの工程と高い技術を要し、さらには表面を平滑に磨き上げる難易度の高い塗りであるために、専門の塗師さんが存在するほどといわれています。

画像7

@有限会社丸嘉小坂漆器店

分業になっていた時代は、川上からの注文がなくなると、下請けで受けてきた工房は自力で立て直すことが難しくなり、結果廃業せざるを得なくなるということも起こり得ていた。しかし、自社内で完結できる力をつけたことで、そこの懸念点を打破する体制へと整えていくことが可能となっていった。

販売面における強み

画像2

そして、販売面ではなにより「自社ブランドを立ち上げた」ことにある。

伝統工芸の分野において、多くの場合は問屋さんからの受注生産であったため、一制作工房が自社商品を保有していることは珍しい事であった。先代がバブル崩壊後に「漆硝子」の技術開発を行ったこと、そして玲央さんが戻ってきたことで「一貫制作」可能な職人工房となり、「百色-hyakushiki-」という自社ブランドを立ち上げるまでに至ったこと。そのようにして、自社で自由に対応のできる体制を築き上げられたことは革新的なことでもあった。



ここまでは前回の紹介をまとめてかつ補足した内容である。さらに奥深い部分を見ていくと、自ら目指すところへ弛まぬ努力を注ぎ続けることでしか得られない職人技と気高い意欲が、類稀なる作品を誕生させているのだと、さらなる感動を覚えていった。

見えない仕事(1)ー木地工程ー

画像7

@有限会社丸嘉小坂漆器店

木地は、木を削って形成していくというのが主な仕事であるが、そのための大事な仕事が「材料の管理」であると言われている。

■木材の乾燥
木材というのは、伐採した段階では大量の水分を含んでいるため、すぐには使うことができない。乾燥させて水分を抜くということを行わなくてはいけないため、最低でも1年は寝かせておかなくてはいけないのだ。つまり、伐採してから製品になるまでが最低1年ほどかかるということ。
そして、ただ置いておけば良いというわけでもない。「保管への気遣い」も重要となってくる。材料と材料の間を浅積み(薄い棒を渡して隙間をつくる)にすることで、カビや腐敗を防ぐようにして木材の乾燥を促している。こうした材料管理があってはじめて、「削れる木」になっていくのである。

■端材の処理
さらにひと苦労なのは、木地工程で大量に出てくる「端材の処理」である。
「削れる木」となった後は、もちろん木を削っていく。さまざまな形に仕上げるにあたって、その分端材も多種多様と出てくるのだ。ブロックのような大きな端材から、かんなくずのような細かな木くずもある。前者は薪ストーブの再利用に、そして後者は酪農家さんへ敷料(家畜の寝床)の再利用としても使われる。ただ産業廃棄物として処分するのではなく、持続可能な地域資源として扱うことで、自社のみならず、さまざまな場面での好循環をも生み出している。これは、表立った仕事ではないものの、大切な作業のひとつでもある。

■機械や道具の整備や管理
そして最後は、「機械の整備」や「刃物の管理」である。
包丁などと同様、刃物も機械も、使用していくたび切れ味など悪くなっていくものである。木工の場合はその頻度が高く、堅い木を頻繁に削っていくことで、より「研磨」や「整備」を念入りにしていく必要があるのだ。そして、たいていが刃物も機械も「ひとつ」だけというわけではない。複数の管理を行うことは、それなりの時間と労力を要していくことになる。

見えない仕事(2)ー下地工程ー

布着せ

@有限会社丸嘉小坂漆器店 

例えば「布着せ(ぬのきせ)」という作業がある。

■「布着せ」とは?
⇒漆器の下地の補強として、布を貼る作業工程のこと。漆器の修理においても、必要に応じて布着せを施している。

この「布着せ」を行う際、接着剤の役目として使われるものに「糊漆(のりうるし)」といわれるものがある。この「糊漆」は、通常使用する漆とは別もので、生漆に米粉を混ぜて作られる。米糊と混ぜ合わせることで、ある程度の接着力と漆の厚みを持たせることができるため、布の隙間にしっかり漆が入り込んでより接着しやすくなるのだ。
また、この布貼りが終わると、化粧下地のような役目にもなる「地付け」をしていく。地の粉(じのこ)と糊漆を混ぜたものをヘラで平らに塗り、乾いたら表面の凹凸をなくすため磨くことを繰り返し、より滑らかで木地の強度を高めるための施しをしている。

これらに共通しているのは、下地を塗るまでに、材料を準備するためのひと工程(下準備)が必ず必要であるということ。下地を塗るまでにも、すぐに塗れるわけではないのだ。

見えない仕事(3)-塗り工程ー

画像7

@有限会社丸嘉小坂漆器店 

最終の塗り工程にも、下準備や管理がある。

■漉す
漆の中には、小さな埃や微細な異物が混ざっている。それらを丁寧に取り除いていかないと「塗れる漆」にはならない。漉し紙で漆を絞っていきながら、漆成分を均一に整えていく。これが漆を漉していく作業となる。要となる最終工程の大切な作業のひとつでもある。

■漆刷毛の管理
漆を塗る際に必要となる刷毛は、塗師さんにとっては欠かせないもの。
刷毛は使用後、そのまま放置しておくと漆がガチガチに固まってしまう。それを防ぐために、しっかり漆を洗い出し、油を刷毛に浸透させていく後処理を行っている。そして次に使用する際には、きちんと油をふき取り、細かい埃なども除去しながら、何度も漆で刷毛を洗う下準備がある。

画像7

@有限会社丸嘉小坂漆器店

玲央さんは、このような事も話された。
「このような手間暇かかる下準備や管理があるから、塗屋さんは色を多用することはあまりしたがらないんですよね。様々な色を使えば使うほど、その都度材料が必要となる上に、多くの下処理も必要となってくる。ただ、うち(丸嘉小坂漆器店)の商品は見ての通り、色を多用しています。もちろん、生産効率を高めるために、できるだけ同色をその日中に多く塗るなどという試行錯誤は行っていますが、それでも色の数がある分、特に加飾の工程を行っている妻(智恵さん)は、1日の作業を一つの色で終わるということはほとんどありません。」

彩り豊かな漆を多用することの大変さ。
作業工程を深堀してこそ見えてくる苦労が、そこにはあった。

.

今回お伝えしたような作業は、これでも”一部分”に過ぎない。

漆工業というのは、まだまだ想像以上に奥が深く、「見えない作業」が数多くあるのが現実である。ただ、こうした細やかな手入れや管理・下準備こそが、なによりも重要であるとも言われている。

画像6

玲央さんはこうもお話をされた。
「日中は製作をして、夜は機械や道具の整備をしたり管理をしたり。さらに休日は端材やおがくずの処理をしたり。合間合間に細かな作業を沢山しなければならない。なので、儲からない仕事だともいわれますね。「作る」以外に割かなければいけない仕事がとても多いんです。」

「ただ、大変なことも沢山ありますが、自社で完結することで自分たちの思い描くものを自由な形で作ることができたり、なにより漆器産業自体に魅力は大きいので、そこは大きなやりがいになってます。」

職人を生業として生きていくこと。
伝統を受け継いでいくということ。

作業の奥深さを理解していくことで、そして職人さんの向き合う姿勢が垣間見えてくることで、そこには気高さゆえの「強さ」があり、かつ「覚悟を決めたもの」へと導かれているのだと、強く感じたとともに深く心に響いたのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?