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娘が初めて家に男の子を連れてきたら父親は一体どうなるのか。

その瞬間は唐突に訪れた。

「パパーー!今日ミナトくんとサクラちゃんが遊びに来たーー!!」
(どちらも仮名)

学校から帰ってきて玄関を開けるなり、
娘はいつも通りの大きな声で報告する。

ごくり。
私は唾を飲んだ―――。

* * *

父親が娘に抱く感情が特別なものだということは、
多くの人がなんとなく想像できるかもしれない。

「どこの馬の骨ともわからないやつに娘はやれるか~!」
という、テレビドラマでよく耳にする
セリフの理不尽さと不躾さは、
当事者になってみると多少なりとも
共感できるというか納得できるというか。

小学3年生になるうちの娘。
家が小学校のすぐ近くということもあってか
平日はほぼ毎日のように、
色々な友だちを家に連れてきて遊んでいる。

「子どもが色々な友だちと遊んでいる」というのは
おそらくよいことだといえるだろう。
世の中には色々なタイプの人がいる。
社交性はあるに越したことはない。

連れてくる友だちによって、娘は
ニンテンドースイッチをしたりTikTokを見ながら踊ったり
ピアノで遊んだり宿題をしたり公園へでかけたり。
色々なタイプの友人たちの前で
テンションやノリを柔軟にチューニングさせて
楽しむ娘の様子を、
私は少し離れた場所からなんとなく察知しながら
たくましいもんだなぁと感心する。

こうやって子どもたちは社交性やコミュニケーション力を
活発に育んでいくのだろうと思うと、
この賑やかな環境もいいものだと感じられる。
だからこそ、自宅で仕事をしていても、
娘や娘の友人たちには
家で自由に遊んでもらっている。
「お邪魔しました~」と帰っていく娘の友人に
「おぉ~!またいつでも邪魔しに来てくれ~い!」
と元気に返すのもお決まりだ。

だがしかし。

男の子が遊びに来るなんて、
お父さん、ぜんぜん聞いていません。



そしてその瞬間は、唐突に訪れた。

「今日、放課後まなび(学童のようなもの)で一緒だったのーー!!」
「お邪魔しまーす!」「お邪魔しまーす!」

子どもたちは何の緊張感もなく
たたたーっとリビングに向かってくる。

リビングで仕事をしていた私の手はぴたっと止まった。
冷静を装いながらも、頭の中で

知っている!!知っているぞ!!
こういうシーンがいつか訪れるということを!!
わたしは知っている!!

と、妙に高いテンションで「想定通り」だと
自らに言い聞かせていた。

どうして娘が男の子を家に連れてくるというだけで
ドキッとしてしまうのだろう。
いつも遊びに来る娘の女友達が
1人、男の子になっただけのことじゃないか。
どうってことはない。
学校でも男女関係なく色んな子たちと
話しているはずだ。
大丈夫。大丈夫。

私は玄関のほうへ静かに顔を向ける。
すると娘の隣には、
よく一緒に遊んでいる顔なじみの女の子が1人。
そしてそのうしろには、
特別かっこよくもわるくもない(失礼
ふつうの3年生の男の子が1人立っていた。

「夏休みの少年」というサブタイトルが似合いそうな
無邪気な容姿の彼を見て(本当に失礼)、
一瞬、緊迫した糸がわずかに緩む。

「こんにちは」
私は穏やかなトーンで2人の来客に声をかけた。

しかし次の瞬間。

彼は完全に予想外のセリフを口にしたのである。


「今日は家からウサギのぼうしを持ってきたんだ~」


なんでいきなりウサギのぼうし!?
なんでなん!?


私は完全に不意を突かれてしまった。
先手必勝とはまさにこのことだ。

少年はおもむろにリュックから
モコモコとやわらかそうな素材でできた
ピンク色の帽子を取り出した。
たしかにウサギの耳らしき長いものが、
だらんと垂れ下がっている。

まるでUSJに売っていそうな
パーティー感漂うその帽子を、
小さな頭にかぽっと被せ
彼は私のほうへ目線を向ける。


いったい何が始まるというんだ・・・


私が身動きを取れないでいる隙に、彼は
帽子に着いた2本のひものようなものを
両手でぐいっと勢いよく引っ張ったのである!

すると、
さっきまでだらんと垂れ下がっていた2つのうさ耳が、

ぴょこん

と、彼の頭の上に起き上がったではないか。

か、かわいい。


私の感情は行き場を完全に見失った。
そして無慈悲に向けられていた
彼への警戒心や疑いは、
うさ耳をかぶったままの純真無垢な瞳の奥に
見事に吸い込まれていった。
私と男の子の初戦は
不戦敗に終わった。
いや、最初から誰も戦いなど
望んでいなかったのかもしれない。
ラブ&ピースだ。神さま、どうもありがとう。

その後も少年のことが気になって
私は聞き耳を立てながら仕事をしていたのだが、
子どもたち3人で「あつまれどうぶつの森」で
遊んでいる最中も、

「ぼくの家、交番みたいにしてるんだ」
「この部屋は学校の教室みたいにしてるんだよ、ほら」
「あ、モンキチョウいた!今モンキチョウいた!」

と、なんともノスタルジックでハートフルな発言を繰り返していた。
数十分前までどこの馬の骨とも知れない輩だったのが嘘のようだ。

そして夕方5時。
何ごともなく解散の時間を迎えた。

「お邪魔しました~」と言う少年に
なぜか私はいつもより爽やかな父親を演じながら
「また来てね」
と見送る。

娘が家に男の子を連れてくると
父親は平静を装えなくなる、という貴重な経験を
私は9歳の無垢な少年から与えてもらった。
「お父さん、会ってほしい人がいるの」
という来たるべき日に備えて
父親クエストの勇者のレベルが少し上がった体験だった。
のかどうかはよくわからないが、そんなことをあれこれ考えているのは
間違いなくその場にいる人間の中で私だけだった。


娘が男の子と家で「あつ森」をしていたというだけで
noteをこんなに熱心に書いてしまう父親である。
彼氏を連れてきてしまった日には
いよいよ超大作を書いてしまうかもしれない。

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