誕生日の夕焼け
「やっぱりロウソクもあったほうがいいな」
自宅までの道を少し遠回りして、篠崎沙知(しのざき さち)は、
100均に向かった。
休日出勤の帰り。
今日は沙知の誕生日。
コンビニでイチゴのショートケーキを買ったが、
誕生日だからやはり、ロウソクの火を息で吹き消したい。
100均に入って、沙知は入らなければ良かったと思った。
井上雅史(いのうえ まさし)がいたからである。
3年前まで沙知と社内恋愛していた雅史。
雅史はとても仕事熱心で、誰も弱音を聞いたことがない、
沙知の自慢の彼氏だった。
(笑ってる…… )
雅史はびっきりの笑顔だ。
抱っこひもを体に身に着け、生後3か月ほどの
赤ちゃんをあやしている。
「ねぇ、これも買っていい?」
雅史に若い女性が駆け寄ってきた。
背が低くて可愛らしい、沙知とは正反対の女性だ。
手に赤ちゃん用のスプーンを持って、雅史に見せている。
「まだ早いでしょ」
雅史が笑う。
(笑うとあんな顔するんだ……)
仕事中の真剣な顔しか覚えていない。
沙知はあまりのギャップに目の前が真っ白になった。
『昇進したいんだ。結婚はまだしばらく考えられない』
沙知と雅史が別れたのは、沙知の30歳の誕生日の時だった。
「ハッピーバースディトゥーユー♫」
意を決して結婚の話を切り出した沙知に、
雅史がそう言ったので、
沙知は「それなら別れましょう」と言って
別れたのがちょうど3年前。
3年しか経っていないのだ。
沙知は何も買わずに100均を後にした。
ロウソクなんてもういらない。
せっかく忘れてたのに……。
店を出ると、先ほどまでのきれいな夕焼けは、
濃い群青の、暗い空になっていた。
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【ギャップ・社内恋愛・100均】
の三題噺、作りました。
時間がなくて悩んだ……。
かなり切ないお話になってしまった。