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ビビりで、弱虫で、お腹弱い上司
(私の上司は、どうしてこうも頼りないんだろう……)
歩道の真ん中でうずくまっている。
プレゼン会場に行きたくないからだ。
「もう!課長、時間ないですよ!」
私がイライラして叫ぶと、
「イヤだ……行きたくない……胃が痛い……帰りたい……」
課長は小さな声でボソボソ言い始めた。
( はぁ―― )
無理やりでも立たせなければ……と私は思い、
課長に近づくと、課長はパッ!と立ち上がり、
「トイレ!」
と叫んで、真横にあったコンビニに消えた。
「それではっ…お手元の資料をご覧くださいっ!」
課長の声が裏返った。
何とかギリギリ、間に合って開始されたプレゼン。
スタートからつまづいてしまったようだ。
私は補佐役として、最後尾の端に座っていたところ、
「ちょっと」
私の前に座る、青いスーツをビシッと着こなした男性社員に
手招きされた。
「ちょっとわからなくてね」
日焼けサロンに行ったばかりのような、頭からオイルをかぶったような、
ギラギラしたその男性社員が、もっと近くへ来るようにと、
高級時計をチラつかせながら、パソコンを指差した。
「何でしょう?」
「ここの資料だけど……」
私がパソコンに表示された画像をのぞき込むと、
「キミ、名前なんで言うの?」
耳元で声がして、ふわっと香水が香った。
南国を想起させる、いまにも吐きそうな香りだ。
「え――、あ――、菊池です」
「下の名前は?」
何でこのタイミングで?
課長が必死にプレゼンしてるのに?
私の名前を ”今” あなたに教える必要がある?
色んな言葉が頭に浮かんでぐるぐるしていると、
課長がツカツカとこちらへやって来た。
「うちの社員が何か?」
「え?」
「資料に不明な点でもございましたか?」
20人ほどいた、周りの社員さんが一斉にこちらを見た。
ギラついていた次長は、一気にテカリを失ったように見えた。
「いや、この子が作った資料なのかな?これ。
……素晴らしいね、って言おうと思ったんだよ」
「ありがとうございます!彼女の自信作です!」
課長は満面の笑みを浮かべ、再び熱いプレゼンへと戻った。
(弱音ばかり吐くくせに、こういう時は頼りになるんだよなぁ……)
好感触でプレゼンを終え、課長と私は会社へ向かった。
「うまくいきましたね」
「うん……疲れた……」
「何事もなく終わって良かったですね」
「いや、何事もなくないでしょ?あの次長さん、女好きで有名らしいけど、
大丈夫だった?」
忘れていた、ゾワッとした感覚を思い出した。
「ああ、はい。あの後は何も」
私はそう言って、足を止めた。
そして路地の隙間に、課長を引っ張ってサッと入った。
「ハグしていいですか?」
「え――、まだ仕事中だよ?」
「お昼休憩の時間だし。イヤな気持ち、思い出しちゃったんで」
「しょーがないなぁ……」
私より少しだけ背の高い課長が、引き寄せるようにハグをした。
私は顎を課長の肩に乗せた。
「はぁ………、元気が出る。午後もこれで頑張れそう」
私がそう言うと、課長は私の髪にチュッとした。
「オレも」
私の頼りない上司は、私のとってもカッコいい彼氏です。