【雑記】大人の責任と悪魔の言葉
またまた記事の更新から遠ざかっておりますが、、、💦
続きの前に、雑記を一つ。
選挙があったり、日本シリーズがあったり、横浜優勝日本一!と
色々わたわたしておりました(笑)
そんな中最近思ったことをつらつらと。
先日の選挙後マスコミについて更にわちゃわちゃ言われていますが
昔からマスコミの偏向報道というのはあったし
オールドメディアの新聞各紙には特長があって
だから昔の識者や社長クラス、その方々を相手とする仕事の方々
(営業マンや接客業の方々も)は全紙を購読して比較検討して
さらに専門書を読んだり調べてから考えて言葉を発していたんですよね。
今、ただ自分がよく目にする媒体だけで
声高に一部マスコミ批判する人だけを信じて行動する人が多いのは
残念でならない。
ただ、この群集心理の扇動は昔からあって、
みのもんたが納豆が良いと言えばスーパーから納豆が消えたし
それを悪に使ってマルチ商法や高額布団を売る人たちもいた。
それが今、誰でも簡単に使えるネットで早いスピードで広まり
さらに一般人があたかも専門家みたいなふりして広めることができてしまうので、それに引っかかる人が増えている又は増えているように見えることが容易になってしまっているのがタチが悪いところなのかな。
ただそんな中でもちゃんと考えて情報を取捨選択できる若者も
たくさんいる訳で
そういう人たちに選択の幅をしっかりと確保してあげるのが
大人の責任なのでは
ないでしょうか?
選択するには考えることが必要。
選択肢それぞれの利点欠点を比較検討して
考えて選択する。
選んだ理由、そしてそれを選択した後のこと、
他のものを選んだ人の考え、
選択したものが間違っていた、または変えたくなった時のこと、
などなども含め
考えて選択する。
今もてはやされているタイパとは程遠い
工程が必要であるのは明白です。
洗脳しようとする人は
考えを停止させ
選択肢を断って(たって)いきます。
あなたのため
家族のため
大切な人のため
と、言いながら
今だけ
これだけ
あなただけ
悪魔の言葉で
それしかない
と選択させようとする人には
気をつけたいです