Sのこと、
あれ? 私はそもそもなんで引きこもってんの? と、今日、ふと思った。母のことは信じてはいけない人間だったと絶望はしてるけど、結局私は、7年間お付き合いしていた恋人に振られて次に進むための矢印を完全に失った状態にあったのだ。
私はこれまで、完全にアウトな生き方をしてきた。13歳年上の恋人に、精神的に完全に寄りかかって依存していた。「お前は、俺がいないと本当に何もできないな」と本当のことを言う恋人に対して、内心、『は?わたしは芸術家なんで…』などと、一切何も生み出さず、布団で寝ているだけの生活を送っているくせに、頭だけは芸術家気取りで、スマホで鬼女まとめばっかり見て、コメント欄にて“正しさ”でダメなやつらを斬って捨てていた。何の生産性も生み出さない日々だった。たぶん、わたしが嫌いな「クズのくせに能書きだけはいっちょまえの、自分を何か偉いと勘違いしている恐ろしく幼稚で何の才能もないゴミのような人間」というのは、わたし自身だったのだ。たった今気づいたよ。恐ろしい。わたしは自分自身を憎むためのエネルギーで、全力で空回っていたのだ。ハムスターの車輪みたいに。
だけど、本当にどうしようもなかった。物心ついた時から、すでに憎悪の沼の妖怪だった。誰とも心を触れ合わせられなかったし、本気で自分がいちばん可哀想だって思っていた。何なら、生活の面倒を見てくれて、週末好きなところへ連れて行ってくれて、朝食も作らないのに文句も言わず、なんなら夕方起きて弁当を買ってきてくれる恋人にすら、「この人はわたしのこと、何にも分かってくれない」「隙あらば若い男と浮気しよう」ぐらい思っていた。その時から異常な無気力感に困っていて、ひどい時は1ヶ月のうち、2週間ぐらいは『寝たまま鬼女まとめ』の日々だった。
わたしは自他共に認めるクズであったが、世の【成功しているクズ】は大抵そうであるように、憎悪の沼の底に、キラリと光る宝箱を持っていた。子供のような純粋なこころ。わたしの中身は9:1の憎悪とピュアでできていた。自覚はなかったかもしれないが、彼自身がピュアだったせいで、わたしのたった1のピュアが、彼には10に見えていたんじゃないだろうか。彼はアダルトチルドレンで、わたしと出会った頃にちょうど毒親への憎しみを出し切ったところだった。わたしは無意識に母親の毒を抑圧したままで、それが病的な無気力を引き起こしていることにまだ気づいてなかった。
わたしたちの関係は完全に親子だった。「なんでもっと○○してくれないの?」「ありえないでしょ」「ふざけんなよ」わたしはいつも、無茶な要求をして彼を試し、追い詰めた。彼自身も、束縛がきつめとかそういう多少のあれはあったけど、確実に、確実に、生みの親よりもわたしの「親」をしてくれた。無条件の愛だった。憎しみを抑圧し、人を信じられず、まず人から搾取することしか頭にないわたしに、(何だったか忘れてしまったけど会話の中で)「他のひとだったら嫌だったかもしれないけど、お前だから許すよ」と彼はわたしのことをすべて許してくれていた。わたしは脳みそが大豆ひとつ分ぐらいしか入っていない低能だったので、その言葉を聞いて、「やっぱわたしのことが大好きなんだねぇ〜♡」と調子に乗っていた。いま、頭わるすぎて、(てか人間の心もってなくて)残酷すぎて、泣けてくる。もう、泣けてくる。
私は結婚する気がなかった。Sの嫌なところばかり見ていた。人と結婚生活を送れるような心の人間じゃなかった。でも、養ってくれるからいっしょにいた。7年も。Sは、結婚したいというようなことを言っていた。切望するような、かなしい目をしていた。やめて。こんな純粋なおっさんをたぶらかすのは、やめてあげてよ。なんてことをしたの。だけど、わたしは、このままこの人と結婚をするのは違う、とだけは分かっていた。わたしという存在を超えた、魂の声だった。ずっと、言葉にできない違和感があった。
そうこうしているうちに、彼は新しい恋人を見つけて、家に帰ってこなくなった。共依存になっていて、彼を一人で残すことだけは死ぬほど辛かったから、わたしはやっとこれで、終われる。と思った。もう、何が正しくて何が間違っているのか、どこが悪かったとか、全然、わからない。でも、共依存じゃないとそもそも、この関係は成り立たなかったと思う。
家に帰ってきてから、失恋のショックで抑圧してきたマンホールの蓋がどかーんと開いて、今まで仲良くて、旅行にもいってた(その実ずっと介護並みにわたしが小学生の時からケアをさせられていた)母親がすべての黒幕だったということがわかった。引きこもっている間に、感情がたくさん出てきた。インナーチャイルドも。それで、どんなに親から搾取されてきたのか、そして、わたしがその傷に無自覚だったばかりに、どれだけ知らない間に恋人のことを搾取していたか、エグいことをしてきたのかが、明確にわかってきて、彼がわたしといる時、同じ気持ちだったのだと思うと、キツすぎる気持ちになる。
一言でいえばそれは、「これだけしたのに報われなかった」だ。彼の分の、そしてわたしの中のこどもの分の、ふたつの、「これだけしたのに報われなかった」。リンクしてるそのあまりの虚無感が、最近毎日襲い掛かってくる。一言で言えば、自業自得なのだけど。わたしも、こんなに憎んでる母親とまったく同じ、大豆ひとつ分の知性で。思いやりのなさで、ひとりの人を、それも世界で唯一の真剣に自分を愛してくれたひとのことを、無自覚に傷つけてしまったのだ。ごめん。ごめんなさい。しあわせになって。それしか言えない。恋人はわたしのすぐあとに付き合った人と結婚したと聞いた。もう幸せじゃん。わたしから開放されて。そうに決まってる。むしろわたしが不幸にしてしまってたんだよ。
決まって明け方、カーテンの外が青く染まる頃、わたしを愛していた恋人の、満面の笑みが何回でも何回でも瞼の裏にやってきて、そのたびにほんとうに、息苦しくなるぐらい、わたしは泣いてしまう。