「男女雇用均等法」の思い出
私が高校生のとき。
なんの時間だったか。クラス担任が、「これから大変なことになる」と言った。
男女雇用均等法が制定され、女性が本質的に守られない社会になる可能性がある、と告げたのだ。女子校だったため、その場の生徒、漏れなく該当。
先生の説明してくれた、「女性が守られない社会」の詳細については、残念ながらよく覚えていない。先生の心配と怒りの顔はよく覚えている。記憶にあるのは。
① 今まで、女性が挑戦できなかった分野に挑戦するチャンスができた。
② これからの社会が、今以上に、女性の体と心を守らなくなるかもしれないこと。
時は流れ、バブル経済は崩壊。男女雇用均等法、ゴールドプラン、介護保険の導入準備。。。こうした世相の中、私は、作業療法士として社会にデビューした。
それから今日まで。私の職歴には、作業療法士としての足あとが記されている。しかし、実は。それと同じくらいの空白の時間もある。
そして、この履歴には「男女雇用均等法」に関わる諸問題が勃発した形跡がある。いくつもある。先生が予見した現実に、何度も遭遇した。そして、いつも、私を含む誰かや何かが原因とされ、表面上、穏便に速やかに処理されてきた。
しかし本当のところは、私の中で。知らずともやもやした気分や、憤りが閉じ込められたままになっていた。履歴書の「空白」(繋がらない経歴の時間)では、解消しきれなかった残党が確かにあるのだ。
多分、どこかの時点で私は。自分の考えや、感情は人に見せては不利益になると判断したのだと思う。「本心」は、自分のうちにしっかりと、閉じ込めておかないと、ひどい目に遭う。そう信じてしまったんだと思う。
それでも、感情は吹き出してしまったし。制御不能の攻撃性が表出する時もあった。そんな中でも頑なに、私は私を内に閉じ込めた。ここ数年は、そうした自分を叱責さえしていた。
現状への抵抗を諦めてからは、私生活もしょぼくなった。夢は妄想に感じたし。趣味は無駄に思えた。そうなってくると、他の人に迷惑かけずに生息することが命題となり。人生は味気なくなった。こうなると本末転倒である。
私も、当時の先生と、同じような年齢になった。今、私が先生と同じように、若い人へ「男女雇用均等法」を説明するなら。
「男女雇用均等法」は、まだまだ歩き出したばかりです。どのジェンダーにとっても課題があります。これからも、お互いの違いや尊厳を尊重し、トライアンドエラーを楽しみながら、最良の選択を見つけましょう。そして、あまりにも自分の尊厳を尊重してもらえない時は、ちょっと怒って、戦って、それでもダメなら逃亡をお勧めします。。。だろうか?
写真について;顔彩で描いた絵を加工してみました。