美禄と余禄(漬け物)|酒と肴 その六十一
漬け物を肴に夏の酒、〆は小振りな塩むすび。
世の中には美味しいものが溢れていますが、これ以上を望むのは贅沢ってもんです。
確かに、欲望にはキリがありませんし、どうしたって不満は尽きません。
けれど
「あれが足りない」
と眉間に皺を寄せるより、
「もう十分」
と目尻に皺の寄る方が、味わい深いのではないでしょうか。
急にこんな事を言い出したのは、ビールと揚げものでお腹を壊したからです。
「一期一会」を言い訳に、暴飲暴食したのが運の尽き。胃腸が仕事を投げだし困りました。それにしても本来の務めである消化・吸収をろくすっぽせず、食材を先送りする姿勢はどうかと思います。
まあ、こんな時はおとなしく、白湯でも飲んでいればいいのでしょう。だけど治るとすぐに呑んでしまう訳で、働き詰めな彼らの不満も理解できます。申し訳ないとは思いますが、生まれついての真面目な性格。どうにも「酒は百薬の長」という東洋医学、先人の言いつけを守ってしまうのです。
そもそも人間の体はほとんど水分、そして私の心はだいたい酔分。体はソフトドリンクで事足りますが、心にはアルコールが必要です。そこで「漬け物」×「お酒」というダブルな発酵食品で、腸内環境と精神衛生を整えることにしました。
板状の酒粕をちぎり、塩と砂糖、水を加えて1時間。漬け床を作ります。イメージとしては「塩麹」が近いです。そこへお好みの野菜などを入れて一晩寝かせれば、翌朝には立派な漬け物、塩酒粕漬けに。漬け床は出てきた水を捨てれば、3、4回転はいけます。またこの時期は、軽く塩でもんだ浅漬けでやるのもいいもんです。
汗をかきかき帰ってきて、シャワーを浴びたら冷酒と漬け物。これは金額の多寡ではなく、DNAレベルの豪遊ってやつです。
ちなみに塩酒粕漬けに向いた食材、ぬか漬けに合うものは大概美味しく出来ますが、変わったところなら漬け床をひと匙すくって、チューブのわさびと和えたものがオススメ。
これがまた酒にも米にも合う絶品なんです。SDGsを意識して「植物性の酒盗」として売れると思ったら、既に「わさび漬け」と言う名前で存在してました。
原材料も酒粕、わさび、塩、砂糖でまったく同じ。伝統の壁、思いつきで越えられたら苦労しません。
さて、天の美禄であるお酒。そしてその副産物、酒粕で作るお漬け物。これは言わば余禄、食材を余すことなく使いきる、無駄の少ない暮らしと言えそうです。
現代は多くの問題を抱えています。未来を変えるためのヒントは、案外私たちの過去にあるのかも知れません。「親の意見と冷や酒は後で利く」と言います。明日が手遅れにならないよう、今夜はあと一杯でやめときます。
メニューと材料
・塩酒粕漬け(酒粕、塩、砂糖、水、胡瓜、人参、うずらの卵)
・浅漬け(胡瓜、生姜、大葉、塩)