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あまりにも普通過ぎる人々
悪は、思考停止した「凡人」によってなされる。
「全体主義の起源」の著者で哲学者のハンナ・アーレントの言葉は、
「何かおかしい」と違和感を持つ多くの人に響くのではないでしょうか。
私たちが一般的に考える悪とは、単純に邪(よこしま)な存在のこと。
でも悪は、むしろそこからは大きくかけ離れたところにあります。
それはあまりにも凡庸な人のことです。
悪とは・・・?
ハンナ・アーレントは、システムを無批判に受け入れることが悪だと言っているのです。
権力やルールに従うだけのあまりにも普通な人。
本質を見ることが出来ないこの普通な人は一見すると良い人です。
ルールに従っているのですから。
しかしルールに従っているだけなので、トップの人間が間違った判断をすれば結果的にこの社会は悪い方へ進んでしまいます。
多くの人は、何もしないでルールに従っていることが「悪い事」だとは思ってもいないでしょう。私も気が付きませんでした。
上からの命令に従っていただけ
ナチス親衛隊でユダヤ人虐殺計画を指揮したアイヒマンは、ナチス党で出世するために与えられた任務を懸命にこなそうとしていました。
彼のことをさぞかし憎悪や攻撃心にあふれた「冷酷で屈強なゲルマン戦士」だったと思いますよね。でも、連行されたアイヒマンの風貌に関係者はショックを受けます。彼があまりにも普通の人だったから。
小柄で気の弱そうなごく普通の人物。
むしろ陳腐なありふれていてつまらない存在だったのです。
その陳腐な人物は、純粋に上司の言うことに従っていました。
その結果、数々の犯罪を起こしてしまったのです。
つまり主体性がなく自分で考えることを放棄し、権力に従うばかりで、
システムに乗っかる凡庸な人間こそが悪となりうるのです。
だから「システムを無批判に受け入れるという悪は、私たちの誰もが犯してもおかしくない」と、ハンナ・アーレントは警鐘を鳴らしているのです。
社会が決めたルールに従っているだけで大丈夫だろうか
アーレントの警告は大変重要です。
悪とは、悪人がわかりやすく能動的に行うものではなく、
凡庸な人たちの無批判・無関心の結果、受動的になされるからです。
現代でも似たような例がたくさんあると思いませんか?
文科省や専門家で決められたルールを、各学校の先生方は子ども達に守らせようとします。
専門家といわれる人の意見を信じて、それに従ってしまう人達もいます。
くりかえしメディアが流すひとつに染まった意見に、何となく流されてしまうこともあります。
結果として、人々が明るい方へ向かえば良いのですが実際は・・・。
なぜそのルールが決められたのか?
ルールを守ることは大切なことです。
でも、考えてみたことがありますか?そのルールはなぜそうなっているのでしょう。どうしてそのルールを守らないといけないのでしょう。
ルールには、つくられた目的や背景や経緯があります。
その時だけ限定のものもあります。
だから、なぜつくられたか? 今でも有効なのか?を考えてみましょう。
目的や背景をわかっていなければ、気づかずに事態を悪くしてしまうことにつながるからです。
多くの子ども達がマスクをつけたまま3年が経過しました。
ルールだからといってずっとマスク生活を続けています。何か取り返すことができない大事なものを失っていないでしょうか?
決まりやルールを批判的に捉えてみる
システムを無批判に受け入れて自分で考えないこと、無意識のうちに流されてしまうこと、上からの命令にただ従うこと、これらが悪なのだというアーレントの考察から学びましょう。
考えることをやめ、ただルールに乗っかっていれば良いのだと思考停止すれば、誰でもがアイヒマンになる可能性があります。
ルールを考えなおしてみること。必要であればルールを変えること。
自分で主体的に考える・決めることで、悪への道を避ける選択が出来ます。
悪から離れるために意識的になりましょう。
自分で考えることを諦めた瞬間から、悪に飲み込まれてしまうでしょう。
お読みいただいてありがとうございます。
参考 「武器になる哲学」 山口周
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