サステナビリティ経営と人権デューディリジェンス義務化の進展
政府が初の人権関連調査を実施
11月30日 経産省が「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査結果」を公表しました。
本調査は、外務省との連名で、9月3日から10月14日にかけて、東証一部・二部上場企業等2786社を対象に実施されました(回答企業数760社)。これは日本企業のビジネスと人権への取組状況に関する政府として初の調査になります。
政府がこのような調査を実施した背景には、近年、企業経営におけるサステナビリティを巡る課題として、気候変動と並んで、従業員や取引先、顧客・消費者及び地域社会など幅広いステークホルダーの人権に関わる問題が急速にクローズアップされてきていることがあります。
6月に改定されたコーポレートガバナンス・コード では、補充原則2-3①で「取締役会は、気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重・・など、サステナビリティを巡る課題への対応は、リスクの減少のみならず収益機会にもつながる重要な経営課題であると認識し、中長期的な企業価値の向上の観点から、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきである」とあり、企業にとって人権の尊重は、リスクへの対応だけでなく、持続的な成長と中長期の企業価値向上の観点からも重要になってきています。
また、企業活動における人権尊重は、「S(Social)」に区分される重要な要素の一つであり、拡大するESG投資の観点からもその重要性は増してきています。投資家は、企業による人権尊重の取り組みとその情報開示、及びそれに基づく幅広いステークホルダーとの対話を期待するようになっています。
「ビジネスと人権に関する指導原則」と国別行動計画(NAP)
2011年、企業と人権に関する最も重要な国際的枠組みである「ビジネスと人権に関する指導原則」が国連人権理事会において全会一致で承認されました。
本指導原則は、ビジネスと人権の関係を「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」の3つの柱に分類し、企業には、その企業活動及びバリューチェーンにおいて人権に関する諸権利を尊重する責任があることを明記し、人権尊重の具体的方法として「人権デュー・ディリジェンス」の実施も規定されました。
人権デュー・ディリジェンスとは、「企業活動に関連する様々なステークホルダーの人権への負の影響を特定し、予防し、軽減し、対処方法を説明するための継続的なプロセス」のことです。
これを受けて欧米を中心とする各国は、指導原則に基づく自国の実状と法令に則した国別行動計画(NAP:National Action Plan)の策定に着手しました。
2013年にイギリスが世界で初めてNAPを策定したのに続き、イタリア、オランダ、ノルウェー、アメリカ、ドイツ、フランスなどの国々が策定し、2019年10月にはアジア諸国として初めてタイが策定しています。
2021年6月時点で25ヵ国が策定済み、25ヵ国が策定中です(出所:国際連合人権高等弁務官事務所)。
人権デュー・ディリジェンスの実施状況
日本政府は、2020年10月に「ビジネスと人権に関する国別行動計画(2020- 2025)」を策定しました。本NAPでは、指導原則に則り、日本企業に対してサプライチェーンにおける「人権デュー・ディリジェンス」の導入が期待されています。
今回の経産省の調査は、人権デュー・ディリジェンスの実施状況を含む本NAPのフォローアップを目的として実施されました。
それによると、人権デュー・ディリジェンスを実施している企業は52%(間接仕入先まで実施:約25%、販売先・顧客まで実施:約10〜16%)であり、日本企業において、サプライチェーン /バリューチェーンをとおした人権デュー・ディリジェンスが未だ定着していない実態が見えてきます。
人権デュー・ディリジェンスの義務化の流れ
日本では企業への人権デュー・ディリジェンス導入は「期待」に留まっていますが、欧米を中心に急速にビジネスと人権に関するハードロー化(人権デュー・ディリジェンスの義務化)が進んでいます。
日本は先進7カ国(G7)で人権デュー・ディリジェンス義務化の準備が進んでいない唯一の国で、ビジネス上の取引や投資などで支障が生じる恐れがあります。「企業側には法整備を求める声がある」(経産省幹部)との声もありますが、各国が関連する立法を競い、「ビジネスと人権に関する指導原則」のハードロー化が急速に進んでいるという点で、今がまさに時代の転換期あると言えるのかもしれません。
最も注目すべきはEUの動きでしょう。EUでは、加盟国内の企業及びEU域内での事業実態を有するすべての企業(日本企業を含む)を対象として、人権デューディリジェンス(人権以外に環境およびグッド・ガバナンス(汚職防止等)を含む)を義務化する指令案が、2021年内にEU委員会により提出される予定です 。
この規制は、自社のサプライチェーンだけでなく、より広義のバリューチェーンまで対象となる可能性もあります。
企業価値向上に向けた人権デュー・ディリジェンスを
「ビジネスと人権」を巡る各国・地域の法規制の動向を的確にフォローすることは必要ですが、企業の対応として最も重要なことは、自社のバリューチェーン上で人権リスクが発生しない、及び発生した場合に適切な対応が確実に取れるようにするための実効的な人権デューディリジェンスに真摯に取り組むことに尽きます。
また、企業価値向上の観点からは、人権デュー・ディリジェンスのプロセス及び結果について投資家を含む幅広いステークホルダーに積極的に開示し、対話やエンゲージメントに繋げていくことも重要になります。
そのためには、経営層をリーダーとして、サステナビリティ、法務、人事、調達、広報・IRなどのコーポレート部門及び営業・事業部門を含む全社横断的な体制を整備し、自社のパーパス、ビジョン及び経営戦略とも連動した「人権方針」の下、事業活動の中に人権デュー・ディリジェンスの仕組みを組込み、戦略的かつ計画的に実行していくことが重要です。
人権リスクは、企業規模、事業展開の国・地域、ビジネスモデル及び事業の状況(M&A、新市場参入、新製品・サービス開発・・)等によっても様々です。広範な人権リスクの中で自社として何を優先すべきなのかを具体的に考え、特定し、中長期の企業価値向上を視野に入れながら取り組んでいく姿勢が求められます。
また、広範なステークホルダー(人権侵害の当事者、関連するNPO/NGOや専門家含む)との寛容でオープンな対話やコミュニケーションがあって初めて人権リスクが特定され、対応が可能となるため、そのような環境づくりも不可欠です。
コーポレートガバナンスとして、取締役会が人権デュー・ディリジェンスを含むサステナビリティ経営の執行状況について適切に監督していくことも重要です。
DX時代の新たな人権リスクへの対応も
通常、人権リスクの例としては児童労働や奴隷労働など低賃金労働や、ハラスメント、性別や障害など境遇による差別、労働安全衛生の問題などが挙げられますが、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展に伴い「テクノロジー・AIに関する人権問題」「プライバシーの権利」などの新たな人権リスクの重要性が高まっています。
企業は、インターネットやICTを利用した様々な製品・サービス、AI などの新しいテクノロジーの普及に伴い発生する人権リスク(名誉毀損、プライバシー侵害、差別など)についても「プライバシーバイデザイン」(人権デュー・ディリジェンスの一つの形態)の実施などをとおして解決に取り組むことが求められます。
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