『イロナキカゼ』/坂本サトルプロデュース。熊谷育美さんの歌う切ない「大人の片思い」
熊谷育美さんが歌う新境地「大人の片思い」
熊谷育美さんの3か月配信リリースに坂本サトルさんが参加
宮城県気仙沼市在住のシンガーソングライター熊谷育美さん。
’17年に第1子を出産し、その後第2子・第3子を出産。子育てに専念するためしばらく活動をセーブされていた育美さんですが、今年から本格的な音楽活動を再開。
’22年6月より3か月連続デジタルリリースをおこないました。
6月配信の第1弾は、子供の誕生を愛情たっぷりの目線で綴った『きみは、たからもの』★(★マークをクリックするとSpotifyサイトに飛びます。以下同)。
7月配信の第2弾は、コロナ禍や子育てで外にでられない人に向けてリフレッシュを提案したような心躍る曲『旅に出かけよう』★。
そして、よりよい作品にするためにと1か月発売を延期し9月28日にリリースとなった第3弾が、『イロナキカゼ』★です。
この3作品に、坂本サトルさんもサポートとして参加されており、第1弾はボーカルディレクションとして、第2弾はサウンドプロデュースとして楽曲に携わりました。
そして第3弾は、坂本サトルさんが詞・曲・アレンジをはじめとした全面プロデュースということで、坂本サトル・リスナーにとっても待望の新曲となりました。
熊谷育美さんが詞曲を手掛けた第1弾・第2弾は、子供や家庭をテーマにしていたことから、次の曲では育美さんの新しい一面を引き出したいと、サトルさんが育美さんへプレゼントした歌のコンセプトは、「大人の恋/大人の片思い」。
その経緯については、熊谷育美さんの公式ホームページ、『坂本サトル ⇄ 熊谷育美 【音楽的 往復書簡】』に、おふたりの手紙のやりとりいうカタチで掲載されています。
『イロナキカゼ』に込めた思い
「イロナキカゼ」=「色無き風」とは、秋の季語、とのこと。
サトルさんが、この曲についてラジオでお話されていたので、コメントを引用します。(読みやすいよう若干リライトしています)
「大人の恋」というと、少しドロドロした、背徳感のあるイメージを想起しがちですが、『イロナキカゼ』で歌われているのは、愛する想いを表に出すことなく胸に閉じ込めた、いわば恋にならなかった愛。
「大人=理性的であること」として、サトルさんは、切ない恋の世界観を歌詞に描きました。
歌詞から辿る『イロナキカゼ』と育美さんの表現する世界観
以下、便宜上、下記の区分で記載していきます。
①Aメロ1
②Aメロ2
この歌の舞台は、主人公が愛する人の旅立ちを見送る、駅のホーム。
冒頭から、育美さんの息遣いまで収められたボーカルが、ドラマチックな空気感を作り出しています。
主人公は、見送る相手に深い想いを募らせていますが、その気持ちは秘めたまま。
見送る際も、大勢の中のひとり。
ときどき「わたし」を見る「あなた」は、想いに気づいているのか、いないのか…。
③Bメロ
①②が起承転結の「起」とすると、「でも」から始まるBメロは正に「承」。1回きりのBメロ。
溢れないように気をつけていたけれど、相手を想う感情は、ときどき滴(しずく)となってこぼれ、それは隠しきれないほど大粒だった。
「溢れた」ではなく「こぼれた」という表現が、自分の意志ではコントロールできない様子を表しているようです。
「滴」は感情ともとれるし、言葉そのまま「涙」のこととも受け取れます。
この歌のおもしろいなと思うところは、主人公は理性的に感情を抑えようとしているその気持ちを歌っているため、
「本当は届いていたのか?なんて
確かめることに何の意味があるの?」
このフレーズが、本音ではないと感じられるところです。
本能のまま無防備に相手を愛することができたなら、「本当は届いてほしかった(し、それを確信したかった)」のではないでしょうか。やっぱり。
④サビ
「ついて行きたい」が、こぼれた滴(本当の気持ち)。
「ほんとに笑っているんだと
思ってるのならそれでいいの
そのまま そのままでいい」
は、恋心を理性的に抑えた感情。
相反する気持ちを吐露しているようです。
そしてそれを表現する育美さんのボーカルの素晴らしさ。
⑤Aメロ3
「色なき風が
季節はずれの旅立ちの場所に吹いて 」
主人公から色を奪ってしまった色なき風。
「ひとりだけ違ってる気配を
空に溶かしてくれた 」
主人公から見える世界だけでなく、主人公を含めたすべてが色を失ってしまったため、ひとりだけ違う気配の主人公も、モノクロームの風景に紛れてしまった、ということでしょうか。
そうならば、深い悲しみ、絶望感に包まれているようです。
⑥大サビ1
⑦大サビ2
「転」。
「ああ 命に灯がともるように」から、主人公の感情は大きく動き、また、場面も動きます。
電車のドアは閉まり、手を振ることさえ忘れていた。「あなた」が旅立ち、別れ、主人公がとり残された場面になります。
ここからの育美さんのボーカルの表現力がほんとうに凄い。
④サビにも同じフレーズが出てきますが、明らかに表現が、気持ちが違います。
引き裂かれるような悲しみ、諦め、爆発するような感情。そして以下のフレーズに続きます。
③Bメロでは、本音ではないんじゃないかと思われた主人公の気持ち。
しかし、上記は主人公の本当の気持ちだと思えてしまう。
エールのような祈りのような、主人公の想いの美しさ、気高さを感じるフレーズです。
⑧Aメロ4
「結」。
「誰にも触れさせないグラス」に蓋をした主人公。「グラス」と「こぼれた滴」が呼応しています。
気持ちを切り替え前に進もうとする主人公の強さ、凛とした美しさを感じます。
「色なき風」ではなく「秋の風」に吹かれた主人公。モノクロだった世界から、鮮やかな色を取り戻したのかもしれません。
相手のためを想って秘めた恋心というのは、性愛というステージを飛び越えた、思いやりの愛・慈愛にも近いように思えます。
『イロナキカゼ』が、悲しく切ない想いを歌いながらも、前を向いて進めるような清々しさ、爽やかさを感じられる所以ではないでしょうか。
坂本サトルさんの手掛ける緻密なサウンドメイク
坂本サトルさんが手がけたアレンジもまた、奥深い歌詞のストーリーと切ない世界観を表現した、ドラマチックで美しいサウンドとなっています。
なかでもストリングスの旋律が際立ち、吹き荒ぶ秋風のようにも聴こえたり、引き裂かれるような主人公の感情表現にも聴こえたり、歌のイメージをより豊かに広げてくれます。
・第1作目へのオマージュ
前述した育美さんとサトルさんの往復書簡に、サトルさんによる以下のコメントがあります。
こちらに関して、サトルさんのファンコミュニティサイト・サトル部の配信ラジオ番組『第37回シューイチラジオ(’22年10月4日放送)』で、どの部分がオマージュか明かされました。
(※本番組は通常は会員限定のクローズド配信ですが、この回は一般公開されましたので、記載します)
『イロナキカゼ』のAメロ「♪大きな荷物がひとつ」の箇所に、1作目『きみは、たからもの』のAメロ「♪お母さんのおなかの中にいたんだよ」と同様のメロディを採用しているとのことです。
3作連続配信の企画だからと、サトルさんが取り入れた遊び心。
上記メロディは「似ているな」とは思っていましたが、意図的に同じにしたと知って聞くと、ちょっとにやりとしてまいますし、全く異なる印象の楽曲に同様のメロディをワンフレーズ取り入れても曲が成立してしまうという、サトルさんの楽曲制作の醍醐味も感じられます。
・オープニングとエンディングのボイスサンプリング
ヘッドホンで曲を聴くと、イントロのピアノの前に、「ウゥー(ウィーン?)」という不思議なサウンドが、右から左に流れるように聞こえてきます。
こちらについても、上記『シューイチラジオ』で明かされました。
このサウンドは、育美さんの歌声を組み合わせたボイスサンプリングなのだそうです。
重ねた音が1テンポずつ遅れて入ってくるため、動きのあるサウンドとなっており、筆者には、電車が通過する駅のホームのイメージ、あるいは吹き抜ける秋風のようにも聞こえました。
このボイスサンプリングは、オープニングのほかエンディングにも入ってきます。
エンディングでは、穏やかな秋風を表現した音のようにも聴こえてきます。
一人駅に残された電車を見送る主人公が、「グラスに蓋を閉めた」あとの、心境の変化を表しているのかもしれないと思いました。
このほか筆者が気付いた箇所としては、イントロに「ポン♪」というサウンドが聞こえるのですが、これは歌詞に出てくる「こぼれた滴」の音を表現しているのかな…と想像しました。
『イロナキカゼ』には、リスナーの想像力を掻き立てる細かなサウンドが随所に散りばめられています。
サトルさん曰く「歌詞もアレンジも情報量が多く、聞くたびに発見を楽しんでほしい」とのことですので、なんども聞きたいと思います。
気仙沼在住のデザイナー・志田淳さんのアートワーク
『イロナキカゼ』のアートワークは、3か月連続配信の1作目・2作目同様、気仙沼在住のデザイナー・志田淳(しだあつし)さんが手がけられたとのこと。
電車が去った駅のホーム。タイトル通り色のない、モノクロームの風景が撮影されています。しかし、育美さんが手に持つ背景と同様の写真、およびその写真を持つ手には、鮮やかな色がついています。
現実ではありえない写真であり、主人公の心象を表したイメージなのかな…と想像できます。
こちらのアートワークもまた、歌の世界観に対するリスナーの想像力を、豊かに広げてくれます。
竹森マサユキさんから熊谷育美さんへインタビュー
(2022年10月19日追記)
仙台在住のシンガーソングライターで、3ピースバンド・カラーボトルのボーカル・竹森マサユキさんのラジオ番組に、熊谷育美さんが電話ゲストで出演され、新曲についてお話されていました。ラジオでのコメントを引用・追記します。竹森さんならではの視点での曲の聴き方がおもしろかったです。
『イロナキカゼ』リリックビデオ公開
(2022年12月10日追記)
『イロナキカゼ』リリックビデオが公開されました。
宮城県気仙沼在住、気鋭のイラストレーター
ささをか みさきさんが制作されたのとこと。
電車のホームを舞台に展開されますが、途中で挟み込まれる線路の分岐が、歌のストーリーと重なります。
坂本サトルさんと熊谷育美さんのコラボ曲
サトルさんと育美さんは、これまでもたくさん共演しており、以下、音源としてリリースされたものを紹介します。
『イロナキカゼ』で興味を持たれた方は、ぜひこちらも聞いてみてください。
★『HOMETOWN MUSIC LIFE feat.熊谷育美』
坂本サトルさん作詞・作曲のパワーソング。育美さんの歌声がソウルフルでパワフルで、元気をもらえる1曲です。
『HOMETOWN MUSIC LIFE』は同名のアルバムに収録されており、サブスクのほか、CDも購入できます。
★10 for 10 TOHOKU『10年後の僕ら』
坂本サトルさんプロデュース。熊谷育美さんも参加している『10年後の僕ら』については、以下に書きましたので、よろしければご覧ください。
★【tbc夏まつり2022】10 for 10 TOHOKU(熊谷育美&坂本サトル)動画
2022年開催の「tbc夏まつり」で、ライブステージの大トリを務めた10 for 10 TOHOKU。このコラボステージをプロデュースし、まとめあげたのが坂本サトルさんでした。
育美さんとサトルさんのコラボレーションのステージです。