父と珈琲
今日、今年初めてのアイスコーヒーをつくった。コーヒージャグに半分くらいの量の氷を入れて、アイスコーヒー用の豆をドリップする。ドリッパーから一定間隔で落ちる琥珀色の水滴が、氷に当たっては、その熱で氷を溶かしていく。
毎年梅雨が近づくと、麦茶や緑茶よりもアイスコーヒーをつくるのが風習になっている我が家では、アイスコーヒーをつくるのはだいたい私の役割。特に誰が決めたというわけでもないけど、小さい頃から父親が淹れていたのを、食い入るように見ていたからか、父親がいなくなってからは代わりに私がつくるようになった。だからだろうか、アイスコーヒーをつくるときには、父親の姿が浮かんできて、毎回少し物悲しくなってしまう。
私の父親は、私が15歳の時に他の女性と浮気して、そのままどこかへと行ってしまった。最初は捨てられたような、裏切られたような気持ちで落ち込み、塞ぎ込んでしまった時期もあったけど、今ではだいぶ吹っ切れてそれなりに楽しく日々を過ごせるようになった。父親がいなくなって今年で7年、いなくなってすぐはLINEやメールで連絡が来たりもしたけど、ここ数年はそんなこともなくなってしまった。
何年も経って、今では父親の顔も声も、ほとんど思い出せなくなってしまったけど、アイスコーヒーをつくっているときだけは、父親のつくったコーヒーの香りや、父親が楽しそうに淹れているときの空気を思い出すことができる。初めて飲ませてもらったときの苦さだとか、それを見て父親が笑っていたことなんかを思い出すことは、少しだけ胸が締め付けられる感じもするけど、今では私と父親をつなぐ唯一のものになってしまった。
今年も気づけば5月が終わり、梅雨が来ようとしている。道端に紫陽花が咲いて、カタツムリが花の上に乗っていて、雨が一日中降る季節がやってくる。外は仄暗くて、雨が降っていて、その景色をみながら、今年もアイスコーヒーを飲む季節がやってくる。
アイスコーヒーの氷が溶けて薄くなっていく様に、時間が経つに連れ、父親の記憶も少しづつ薄くなっていくけれど、出来るだけ長く覚えていられるようにと願いを込めて、今年もまた何度もアイスコーヒーをつくる季節がやってくる。
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