悲しき熱帯魚 7章
ある日、龍太郎の独身最後の祝いとして、玉ノ井で祝いが行われることになった。
龍太郎の男友だちが大勢集まり、吉野も座敷に呼ばれることになった。
吉野は、色とりどりの熱帯魚が染められている着物を羽織り、座席に着いた。食べきれないぐらいの料理が次々に運ばれ、楽しげな三味線や華やかに女たちが舞う宴のなかで、酒もどんどんと消費されて行った。
宴の中ごろ、龍太郎は吉野を自分の隣に呼んだ。二人の視線は絡み、ものを言わずとも互いに惹かれあっているのは、他のものにも手に取るようにわかった。しかし、吉野は黙って酌をし、龍太郎はそれを黙って受けるだけだ。
宴もたけなわになると、吉野は龍太郎を見つめ、「まだ覚えていますか」と尋ねだ。龍太郎は「何をだ」と応えた。
吉野は、「あなたのお部屋にいた熱帯魚です」と呟いた。
龍太郎の家には大きな池があり、そこに熱帯魚も飼っていた。その話を吉野の部屋でも以前語ってくれた。
龍太郎はその中でも一際美しい熱帯魚をかわいがっていた。寒くなってくると、その熱帯魚を大きな金魚鉢に入れて、自分の部屋に置き、餌も朝夕与えていた。来る日も来る日も、龍太郎は熱帯魚に話しかけるのが、日課になった。話をすると、まるで理解でもしているように、熱帯魚は首を傾げるような仕草をしたり、楽しく跳ねたりした。その様子をみて、増々龍太郎は可愛がるようになった。しかし、ある日、突然消えていなくなった。金魚鉢を飛び出した痕跡もなく、猫か鳥の仕業だろうと思った。しかし、せめてもの想い出にと思い、死骸も無かったが池の片隅に小さなお墓を作り、献花をした。
「もちろん覚えている」と不思議そうな顔で龍太郎は応えた。自分以外のだれも知り得ない話だった。
「あなたと会えるのは今日限りのようです。だから哀れな熱帯魚のお話を一つさせてください」
吉野は、頷かれたのを確かめると先を続けた。