マガジンのカバー画像

インティメート・ボランティア

23
親切心ではじめたボランティアが、いつの間にか自分の空虚の穴をうめるものになっていた。
運営しているクリエイター

2016年6月の記事一覧

インティメート・ボランティア 8

ミヤケのボランティア訪問は、コンスタントに1週間に1度続けている。親密なボランティアをはじめてから数週間が経った。

ある日の訪問のとき、志穂はふと思い立ち、自分からTシャツとスカートを脱ぐと、ミヤケの横たわる薄くて、やや湿った蒲団に滑り込んだ。

ミヤケは驚くこともなく、自然に志穂の下着に手を伸ばし、意外と器用な手つきで脱がせていった。

志穂は、ミヤケのくたびれたベージュのパジャマを脱がしてや

もっとみる

インティメート・ボランティア 7

ふーっと、深く息をはきながら、いつまでたっても男は男なのかしらと、志穂は呆れた。

志穂の周りには、老人があまりいない。田舎の両親も若いときに結婚しているので、まだ50歳なかばだ。老人の性欲に対して、志穂は驚きながらも、何ともいえない物悲しさを感じた。そして、ミヤケの勇気ある行動を制したことに、なぜか後ろめたさを感じた。

ミヤケの家を志穂がボランティア先として、選んだわけは、ミヤケのなかに自分と

もっとみる

インティメート・ボランティア 6

ボランティアを始めて2カ月後に結局、志穂は2つのボランティア先に落ち着いた。星野とミヤケのところだ。近ごろは、毎週末、2人の家を訪ねている。

星野のところでは話し相手だけをしているが、ミヤケとはあるきっかけで、それだけでなくなった。

ミヤケはまだ65歳だが、寝たきりの生活をしていた。30年連れ添った妻に数年前に先立たれ、ミヤケもその介護つかれで病に倒れていた。まだらであるが、認知症も入っている

もっとみる

インティメート・ボランティア 5

「もう私、32歳ですよ。残念ながら若いという商標をつかえない年代になっていますよ」

そう言いながら志穂は、今の自分には、若さをとったら他に何が残っているのだろうとぼんやり考えた。

若さをどんどんと失いながら、他の人たちは、確実に何かを手にいれているように感じる。そして、ときどき沸き上がるような焦燥感を無視できなくなる。

自然の法則のなかではギブアンドテイクはない。志穂は、今までただただ若さに

もっとみる

インティメート・ボランティア 4

星野は、訪問先のなかで一番若い40代なかばぐらいだ。

数年前に交通事故で背中にウィルスが入り、下半身が自由に動かなくなっていた。それにも関わらず、星野は前向きに生きていた。自宅でパソコンを使ったビジネスをやっているようで、一人暮らしだが自立して暮らしている。

星野は、世田谷の住宅街に住んでいた。駅から歩いて4分、真っ白い壁、真っ青のベランダルーフがすがすがしい印象を与えるマンションだ。

部屋

もっとみる

インティメート・ボランティア 3

志穂がボランティアを始めるきっかけになったのは、派遣の仕事を始めて1カ月後の、ある週末だった。

区の知らせでボランティア募集の記事が目に入り、志穂は、以前だったら気にもしなかっただろう記事に目をとめた。

それは、隅っこに小さな囲みで、こう書いてあった。

ボランティア募集、経験、年齢不問。親切な方尚可そしてひっそりと下にボランティア団体の住所と電話番号があった。  

そのとき、志穂の頭のなか

もっとみる

インティメート・ボランティア 2

「志穂さん、きょうの午後のミーティング用に、これ20セットコピー用意しといて」

派遣先の3歳年下の沙紀が、30枚ぐらいある資料を志穂のデスクにどさりと音を立てておいた。志穂は、作りかけのグラフから目を離さずに、わかりましたと小さく応えた。

大した時間がかかるわけではないが、いちいち数枚のコピーまで志穂に頼みにくる沙紀は、うっとうしい。グループマネージャーである川崎でさえも、数枚のコピーなら自分

もっとみる
インティメート・ボランティア 1

インティメート・ボランティア 1


跪いて、横たわるミヤケに薄い蒲団をかけ直した。これできょうの仕事は終わりだ。

志穂は、一時間半の疲れを拭うように、立ち上がるとワンピースを頭からかぶり、短めのスカートの裾を直した。

自分の体で一番気にいっている形のいい脚に、視線を後方から感じ、志穂は振り向いた。ミヤケは、柔らかい空虚を楽しんでいるような、くつろいだ表情をしていた。

志穂は、ミヤケのその表情を見るのが嫌いではなかった。

もっとみる