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【掌編小説】桃

気になるあの娘を思い出しながら、僕は桃を食べる。

彼女のSNSのアイコンは桃だった。
僕は自分の好きな、いろいろんな果物の話をしたら、
「すみません、桃以外は好きじゃないんです。興味がないんです」
と言った。
そして
「桃だったらお菓子でも大好きです」
なんだそうだ。

面白い子だな、と思った。

彼女は少年のようにひょろっとして、透き通るような白い肌をしていた。
そんな彼女の頬はまさに桃のような色づきだった。
いつもキリッと口許を結んでいて口数は少なく、どこにいても控えめだった。

なかなか自分の思うように進まないとき、彼女はそこはかとなく根を詰めた。ほどほどに、という言葉を知らないらしい。

したたかなんだろうと思っていた彼女の心は、ガラスだった。

僕は人知れず涙を流す彼女を見たことがある。

声をかけたけど、理由は聞けず、うまいこと何一つ言う自信もなく、ただ
「今ちょうど、千疋屋が桃パフェやってる時期だよね。一緒に行こう」
と言った。
ただのナンパみたいになってしまったが、彼女は頷いていた。

桃パフェ

千疋屋の桃パフェは、これだけで豪勢なランチ、あるいはちょっとしたディナーが食べられる値段だ。

僕はドーンと、彼女にご馳走した。
彼女は至極恐縮していたが、先輩風を吹かせたってやつだ。

桃パフェが運ばれてきて、僕たちはしばしウットリと眺め、一口目を口に入れて、お互い感嘆のあまり言葉もなく目を見開いた。

「…本物の桃より、桃ですね。すごい」

彼女はそう言って、普段は見せないとても幸せそうな顔をしていた。
僕はそんな彼女の意外な表情を見て、ちょっとぐっと来た。

それからは余計な言葉は交わさず、僕たちは最高のデザートを堪能した。

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「好きな人って、作ったほうがいいんでしょうか」

素晴らしい桃パフェの余韻に浸りたく移動したカフェで、彼女にそう訊かれた。
突然だったので、ちょっと面食らってしまった。

「うーん、作ろうと思って出来るもんでもないんじゃないかなぁ」

僕も真面目に答えたつもりだった。

「私は好きな人ができたことがありません。いた方が、やっぱりいいのでしょうか」

僕はここで彼女に告白されるのではないかと思って、かなり期待したが、そんな言葉は出てこなかった。
彼女は本気で悩んでいるようだった。
うまい言葉が見つからず、僕も黙ってしまった。
おかげで彼女の頼んだ熱々のホットチョコレートは、飲み頃になったみたいだ。

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以来僕は千疋屋の前を通るたびに彼女を思い出し、桃の季節を待ち望んだ。
彼女が好きなのは僕ではなく、桃だ。

残念ながら今は、彼女は外には出てこない。

今年は、一緒に食べることはできない。

だから僕は家でひとり、桃を食べる。

彼女の白い肌と桃のような頬を思い出しながら。

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END


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