【短編】ひとやすみ ~Holiday
こんにちは。飯島優吾です。
ただいま本編(?)でブレイクスルーするために奮闘中ですが、まぁ連休なので、たまには息抜きです。
本編終了後の設定でお話しします。
* * * * * * * * * *
夏の連休。
僕の彼女の美羽は会社での研修に出ていて、そのまま連休に入るから友達と温泉に行ってくるなんて、楽しそうにしてました。
僕とすらまだ温泉旅行なんて行ったことないのに、僕の未来は大丈夫なんだろうか…。
僕は近所に住む上司の野島次長に「一人で寂しいので飯でも食わせてください」とお願いしたかったけれど、「だからお前は残念なイケメンとか言われるんだ」って天の声がしたのでやめました。
仕方なく僕は近所の広い公園でランニングをすることにしました。
普段走ることなんて…してません。
だから暑さですぐに嫌になりました。
僕は自販機でコーラを買い、この暑い夏にこんな糖分と炭酸と冷たさを兼ねそろえた飲み物があることに、心から感謝しました。
ぷらぷら歩いていると、上半身裸になってベンチに寝転び日光浴するオッサンの何と多いことか。
僕はこんな大人にはならないぞ…と思いながらコーラを飲んでいると、どうも見覚えのある姿がベンチにありました。もちろん、上半身裸で。
近寄ってみると、やはりそれは間違いなく野島次長でした。
僕は彼のことを心底尊敬し、僕の目標でもありました。
しかし今それが揺らいだことは間違いありません。
僕は見なかったことにして立ち去ろうとすると、背後から声をかけられました。
「飯嶌か?」
振り返ると野島次長が上半身を起こして眩しそうな顔をして僕を見ていました。
「あっ、あれ、次長でしたか! なんか似てる人かなぁ〜なんて思ったんですよね…」
しらばっくれようとした僕は彼の起こされた上半身を見て驚きました。
6packsまで行かないけれど、腹は相当引き締まっていて、胸筋も見事でした。
日にあたった肌が少し赤くなっていました。
僕は揺らいだ気持ちを撤回します。
こんな大人になりたいです!
「次長、お一人で日光浴ですか?」
「いや、みんなあっちにいるよ」
野島次長が広場の方を指さすと、その先には奥さんと娘さん、それに奥さんの弟の春彦さんがシャボン玉と水鉄砲で遊んでいました。
「次長は遊ばないんですか?」
「俺が標的になるだけだからな」
「確かに」
僕がそう言うと「お前が言うな」と笑いました。
「飯嶌はランニングするのか。彼女は一緒じゃないのか?」
「あぁもう次長聞いてくださいよ。僕の可哀想な話」
僕は次長の隣に座り、ここまでの顛末を話しました。
「なるほど。慣れないことしてるんだな」
「飯嶌くーん!」
広場の方から奥さんが呼びました。
「あ、見つかった」
「飯嶌、良かったら標的になって来いよ」
「僕がっすか」
とはいえちょっと楽しそうだから、3人の方へ駆け寄りました。
よく見ると奥さんの足元にはリードに繋がれた猫もいます。あ、弟さんの猫か。一家総出なんだな。
いや、一家じゃないか…。
「飯嶌くん、本当によく会うわね。あ、春彦のこと、覚えてる?」
「優吾くん久しぶり!」
そう言って春彦さんは、神がかった爽やかな笑顔で挨拶して来ました。
「もちろんです!」
彼とは去年のクリスマスに野島家のパーティに招待された時に初めて会いました。料理が得意だと言うことは以前から少し聞いていたのですが、彼の作った料理は本当に完璧でした。
彼は本当にモデルかってくらい背が高くてスマートでカッコいい人なんです。
「飯嶌くん、今日は一人なの?」
「彼女は女子旅中なんですよ」
「あらあら」
奥さんは困ったような笑顔を浮かべました。
「なので僕も遊びに混ぜてください!」
木陰でヨタヨタと歩く娘さん…梨沙ちゃんの頭上辺りを狙ってシャボン玉を吹きました。
「うわぁひっさしぶりだなぁシャボン玉なんて」
思いの外、はしゃいだ僕はシャボン玉を吹きまくりました。
「童心に帰るってこう言うことっすねぇ!」
梨沙ちゃんは頭の上でシャボン玉に触れるように手を叩き、奥さんも笑っていました。
ついでに水鉄砲でも遊ばせてもらって、気がつくと僕は春彦さんと熱いバトルを繰り広げていました。
いつの間にか野島次長が近くに来ていて、そんな僕たちをスマホで動画撮っていました。
「いい戦いじゃないか」
春彦さんが一瞬僕を見て小さくうなづきました。そう、合図のように。
僕たちは野島次長を目掛けて攻撃を開始しました。
「うわ、バカ、やめろって」
逃げる次長ですが、こっちは2人なので、挟み撃ちにしてボコボコにしてやりました。
上半身は裸でしたが、髪から水が滴る次長も男前で…何なんだ奥さんは両手にイケメンかよ…。
そんな奥さんも次長を助けることなく、その様子を楽しそうに動画撮影しながら言いました。
「いい戦いね」
女王陛下、ありがたきお言葉です。
でもそのあと奥さんはタオルを取り出して、次長の髪を拭いてあげていました。
僕はそういうシーンに弱いので、サッと目を逸らすと、目が合った春彦さんがニヤリと笑いました。
「いい2人でしょう。僕は姉さん夫婦のこと世界一と思ってるんだ」
そうですね、と言いながら僕は複雑な気持ちになっていました。
「そろそろ陽射しも強くなってくるね。戻ろうか」
奥さんが切り出し、
「あ、飯嶌くんも良かったらうち来る? 今日はシェフがいるから、ご馳走なのよ」
「マジっすか!」
僕は思いがけず当初の目論見が果たせることとなりました。
* * * * * * * * * *
帰りにみんなでスーパーに寄り、材料とお酒を買い込みました。ついでにアイスも買って、みんなで食べながら野島家へ向かいました。
僕は梨沙ちゃんを肩車してあげました。
頭をペチペチ叩かれましたが、野島次長も「俺もよくやられる」と言ってました。
将来は打楽器奏者に向いているかもしれません。
シェフ春彦さんは、僕が乱入したことでメニューを変更し、豚キムチにヤンニョムチキン、ほうれん草たっぷりのサラダ、デザートに杏仁豆腐を作ってくれました。
ビールにワインに大盛り上がりしました。
「そういえば次長、いつ身体鍛えてるんですか? ジムとか通ってるんですか?」
僕はあの引き締まった身体について訊いてみました。
「ジムなんか行ってないぞ」
「じゃあどうしてるんですか?」
「内緒」
「何すかそれ」
野島次長はニヤニヤしていました。
「手の内明かすのが恥ずかしいんだよね、義兄さんは」
春彦さんが言いました。
「そんなことないけど」
野島次長が慌てて言い返します。
「学生の頃弓道をやっていたから、今でも時々ゴム弓を引っ張るくらいだよ」
ストイックな次長のことだから、ちょっと時間潰しにやってる訳ではないんだろう、と思いました。
その時、僕のスマホが鳴りました。彼女の美羽からでした。
旅先から浴衣姿で友達と部屋食を楽しんでいるとのことでしたが、僕も野島次長の家で宴会中だと伝えると、途端に悔しがりました。
『ずる〜い!!』
いやいや、それは女子旅決めた時点で僕が言うセリフだからね…。
去年の野島家クリスマスパーティは美羽も一緒だったので、みんな美羽のことも知っています。
カメラに向かってみんなが美羽に挨拶しました。
『いいなぁ! お土産買って行くので、また計画してください!』
「温泉もいいじゃない、楽しんできてねー!」
電話を切った後も宴会は続き、このメンツで唯一酒が弱い僕は最もグダグダになり、泊めてもらうことになりました…。
上司とその家族とこんな風に絡めて、僕は幸せ者だなぁ…なんて思う、そんな夏の連休でした!
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END