あなたがそばにいれば #4
Natsuki
梨沙が1歳になり、何か障がいを抱えてるという心配はいらないのでは、と思えるようになった頃、私は彼に切り出した。
「遼太郎さんは2人目って、どう考えてる? …まだ、早いかな?」
生むとしたら、歳は近い方が話し相手になりやすくて良いだろうと思っていた。
私と春彦は3つ違いで異性だけど、子供の頃からよく話をした。
両親がドイツに赴任になった時、春彦はまだ高校生だったけれど、私と日本に残り、以降私の結婚までずっと2人で暮らしてきた。
一方で彼は弟の隆次さんと同性だけれど歳が10離れていて、一緒に遊ぶようなことはほとんどしなかったと言う。
私もまた、きょうだいのコミュケーションについては気にかかっていた。
2人目が欲しい。
彼はどんな反応をするだろうか。
梨沙を妊娠した時のように、酷く動揺したり思いつめたりしたら私もつらい。
「やっぱり…不安?」
「…少しね」
「でも…梨沙を一人にしないことも大切かと思ったの」
「わかる。でも…俺の家のケースだったら、上の子…つまり俺は比較的大丈夫だけど、下の子…隆次は明らかだった」
「遼太郎さん。だから産まない方がいいって、本気で思う?」
彼は目を閉じ、しばらく考え込んだ。苦しそうな顔で。
「…わからない。梨沙を一人っ子にしたくもないけど…」
* * *
その夜。
彼は一旦自分の部屋に入ったけれど、しばらくして私の部屋に来た。
私もウトウトしている時間だった。
同じ部屋で寝ている梨沙が起きないように、部屋の灯りは点けず、暗がりの中で甘えるように抱きついてきてじっとしている。
私は彼の頭を抱えながら訊いた。
「無理してない?」
「…してないよ」
彼は私の胸に顔を埋め、熱い吐息をついた。
シャツの下に手を忍ばせ、大きな手が私の背中を滑る。
何故か、涙が零れた。
彼は驚いて目を見開く。
「…どうした?」
不安そうに私の目を覗き込む。小さく首を横に振ることしか出来なかった。
ただ出てくる言葉は
「あなたが大好きなの…遼太郎さん…」
それしか言えなかった。
それ以外何も浮かばなかった。
どんなに悩みが深くても弱くても、あなたが狂おしいほど愛しい。
私を見つめていた彼の瞳も揺れる。
私はあなたの子供なら何人でも産みたい。
そう思う。
でも。
優しく口付けをしてくれた後は、彼の瞳の色が変わった。
彼は私の手首を摑んで押さえつけ、身体を割ると一息に私の中に入ってきた。
先ほどまでの怯えは消え、支配的になった。
彼の心は複雑だ。
本能として種は残したい。
けれど自分の血の繋がりに苦悩する。
彼がかわいそうで仕方がなかった。
だから愛しくて、たまらなかった。
どんな彼でも、私は受け入れる。
* * * * * * * * * * *
年が明けてしばらく経った頃。
ここのところ体調が良くなかったことと生理が遅れていたけれど、年末年始が少し忙しかったせいだと思っていた。
けれどもしや、と思いキットを使って調べたら陽性反応が出たので産婦人科を受診した。
妊娠3ヶ月目に入っていた。
妊娠したことを彼に告げた時、瞬間戸惑ったような表情をした。
すぐに顔を逸らしたが、私は見逃さなかった。
彼は向き直ると、私を抱き締めて言った。
「良かった…いつ生まれてくる?」
「予定日は8月10日だって」
「そうか…」
「遼太郎さんは…大丈夫?」
「…大丈夫だ」
「本当に?」
「本当だよ」
そうしてしばらく黙ったまま彼は私を抱き締めていた。
あたたかい、彼の身体。
不意に彼は、月の下旬に出張することになっている10日間のドイツ滞在のことを口にした。
「出張取りやめにした方がいいかな…」
「どうして?」
「夏希に何かあったら…」
「そんな、大げさよ。10日間くらいならそんなに困ることないと思うよ」
身体を少し離し、私は彼の瞳を覗き込んだ。
"阿修羅" はいなかった。
「遼太郎さん…何度も話してきた通り私はどんな子供が生まれてきても、あなたとの子供だったら本当に幸せだし、心から愛せる。私は何も恐れていない」
「うん…俺もわかっている」
「もう不安はない?」
彼は淡く微笑んだ。
「元気で生まれて来てくれるかなとか、そういう "真っ当な不安" はあるけど、余計なことは考えないようにする」
「そう…」
私は彼の身体をきつく抱き締め返した。
この頃は未だ彼の中に渦巻く複雑な不安に気づくことはなかった。
そして彼も言葉通りに平穏に、いつもの調子を完全に戻したように過ごしていった。
#5へつづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?