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【連載小説】奴隷と女神 #44
「えっ、なになに?」
2人とも身を乗り出した。ゴクリと唾を飲み込む。
「…私、西田部長と付き合うことになった」
環も志帆も絶句した。
「…やっぱり。それって前からじゃなくて? 本当はAhillの前からだよね?」
「えっ? アヒルってなんのこと?」
真顔になって訊いた環に志帆が当然のリアクションをする。
でもそれには即答できなかった。志帆の疑問を置いてきぼりにして環は続ける。
「西田部長が離婚したのは、やっぱり小桃李のためだったの?」
「…違う…」
そのやりとりで志帆も状況を把握したようだ。驚きでメガネの奥の目が大きく見開いている。
環は厳しい表情で続ける。
「ね、小桃李、聞いて。奥様がいるのに他の女性に手を出すような人はね、また同じことするよ。小桃李も同じ目に合うよ」
「…! どうしてそんなこと言うの?」
「小桃李が心配なのよ! 好きになっちゃったら周りも見えなくなるし声も聞こえなくなる。自分たちの都合の良いことしか入ってこなくなる。ラブラブなうちはいいけど、喉元過ぎたら彼はきっと他の人に目が行くよ。その時に小桃李が傷つくの、見てられないから」
ショックだった。
環は響介さんのこと、何もわかっていないくせに。
志帆は黙って俯いてしまう。
響介さんは、自分が離婚した後に初めてアプローチされたと言っておけばいい、と言った。"私は何も悪いことしていない" と言い張りなさい、と。
けれど響介さんだけ悪者になるような事は言いたくない。彼だけ責められるようなことは、したくない。
「環に何がわかるの? 彼がまた浮気するですって? 彼が私のためにどれだけ尽力してくれたか、私の立場を気にしてどれだけ配慮してくれているか、これまでどれだけ支えてくれたか、何も知らないでしょう? 知りもしないのに彼のことそんな言い方するなんて酷すぎる!」
「小桃李…やっぱりずっと前からそういう関係だったんだね」
「彼はもう一人になったのよ? 誰にも咎められる筋合いないのよ? どうしてそれがいけないの?」
「それは今の話なだけでしょ。でも…」
「でも、から先の言葉は聞きたくない」
「そうやって都合の悪いこと、現に聞かないでしょ!?」
私はカッとなり、怒りで震える声で言った。
「もう過ぎた事が何だって言うの? 私たちはこの先の未来に向かって進もうとしているのよ! そのために1年間…彼が離婚すると決めてから裁判が終わるまで1年間、2人で会うこと我慢して来たのよ。1年間。わかる? 私達がどれだけ本気なのか。やっと、堂々としてもいい状態になったのよ。何がいけないの! どうしてそんな事を言われなくちゃいけないのよ! 過去の全てを否定するなら未来は誰のためにあるの!? 私がいずれ不幸になると言うのなら、そうやって過去を否定されて未来を奪われる事が一番不幸なのに、それでもそれを望むの?」
2人とも俯いて黙り込んでしまった。周囲のお客さんたちは何事かとこちらを見てヒソヒソ話している。
そうして気まずい空気を振り切るようにお金を置いて席を立った。
* * *
追いかけてきたのは志帆だった。
「小桃李、待って」
呼ばれて立ち止まったけれど、振り向くことが出来ない。
「志帆も私が不倫していたって知って、見損なったでしょう?」
「小桃李…そんなことないよ」
「うそ!」
振り向いて見た志帆の顔は確かに動揺していた。
「そりゃ、ちょっとびっくりしたけど…」
志帆は私に近づき、腕を摑んだ。
「環、泣いてるよ。心配しているのは本当なんだよ」
「泣きたいのはこっちよ! そういう心配はありがた迷惑なの。志帆も環と同じ意見?」
「私は西田部長のことはほとんど知らないし、先のことはわからないから何とも言えない。でも西田部長が小桃李のために離婚してくれたんだとしたら、それってすごいことだと思う。誠意を示してくれた証拠だもの」
「離婚の理由は他にあるの。彼の結婚生活は実質破綻していたと言うから。でもこの時期になったのは、やっぱり私が現れたから、とは言ってくれた」
「小桃李、西田部長と結婚するつもりなの?」
「…うん、そのつもり」
「そうか。そこまで考えてるなら、環もきっとわかってくれるからさ」
「どうだろう」
「わかってくれるよ。きっと」
ありがとうね、と私は言い、まだ何か言いたそうにしている志帆を置いて去ろうとした時、
「小桃李、話してくれてありがとう。友達なのに黙ってなきゃいけないなんて…誰にもずっと言えなくて辛かったよね。それだけ真剣に考えている事は私にも、きっと環にも伝わったよ。話してくれて、嬉しかった」
そんな志帆の言葉に私は何も答えられず、駆け足でその場を去った。
#45へつづく