犬も食わない
(約3,000文字)
先日、アマプラ配信の『mr.&mrs.スミス』の感想を投稿した。
夫婦喧嘩は犬も食わないという。
なんでも食す犬でさえ関心を示さないし、どうせ元にもどるのだから、仲裁するだけ損、という諺だ。
仲裁はしなくとも男女の痴話喧嘩、断然自分は聞く派である、と記事に書きあげた段階で、とても不思議なことが起きた。
昼食のため家族で立ち寄った店で、
まさに、私の隣で、
男女の言い争いが始まった。
引き寄せの法則ならぬ言霊という単語が頭に浮かぶ。
せっかくなので
実際、犬も食わないのか?
下世話ながら書いてみた。
珍しく、その日は順調なキャンプ撤収となったおかげで、昼に地魚で有名なお店に寄ることができた。
大座敷はほぼ満席で、一番端に向かい合って座る男女二人連れの隣に通された。
キャンプ帰りのどすっぴん&頭爆発おばさんとしては、誰とも目を合わせたくない。
一顧だにせず、私は男性の隣に一人分空けて座った。私の横に夫が座る。女性の横にうちの子が一人分空けて座り、私と向かい合った。
大座敷は、3世代から4世代と思しき家族連ればかりで、とても賑やかだ。対照的に隣の男女からは、一切会話が聞こえてこない。
おすすめメニューをじっくりチェック後、お魚好きの夫が嬉々として、名物料理をいくつか注文した。そして、快晴に恵まれた今回のキャンプを奇跡だったね〜と、振り返っていたところ、、、。
お隣の男性のスマホが鳴り、なにやら金銭の絡んだ会話が始まった。しゃがれ声でドスを利かせている。
店の外に出る、というマナーは知らないようだ。
我が家は、改めて薪ストーブの素晴らしさについて話し合っていた。
そこに「、、、オク、、、オクだから」とやたらオク部分を強めに話す声が聞こえてくる。
「しゃがれ」だ。
(私、命名)
「しゃがれ」は連れの女性に向けてというより、まるで座敷全体に向けて「オク単位の仕事をしている俺」をアピールするかのように話し続けた。
どの席も大所帯。皆、和気あいあいと楽しんでいる。
そこへ、私たちの料理が運ばれてきた。
夫待望の活イカのお刺身もある。
腕がウネウネと動いて、ちょっとグロい。
私は遠慮したかったが、妻さんに食べさせたかったんだ、と夫。
一言も食べたいなんて言った記憶はないのだが、「自分の好きな物は全人類が好き」という前提で夫は生きている。
子供が箸で突っつくと、より激しくグネグネ動く。
私にとって、もはやゲテモノだ。
とても嬉しそうな珍味好きの夫を見ると、私に向かって母が放った言葉を思い出す。
「夫さんはあなたのどこが、良いのかしら?」
、、、うーん?
と、突然、怒声が響いた。
てめえ、余計な口だしすんじゃねぇ!
「しゃがれ」だった。
いつのまにか電話は終わっており、連れの女性が何か気に障ることを言ったようだ。
店の中ということもあり、小声で彼女も言い返しているのが気配で分かる。
おおっ
なんてタイムリ〜
記事を書き上げたばかりということもあり、早速展開が気になったのだが、、、。
私は私で危機に直面していた。
熱心に夫がウネウネを勧めてくるのだ。
ひとまずごまアジを食べてかわす。
子供は、日頃から私の大仰な言動に慣れきっているので多少のことには動じない。
活イカをモグモグ食べ出していた。
周りは、何事もないかのようにワイワイガヤガヤと前にも増して賑やかだ。
休日なので、ビール、酎ハイなどを頼む声も聞こえる。
そこへ第二弾が投下された。
てめぇ、
誰のおかげで飯が食えてると思っているんだ!
再び「しゃがれ」だ。
皆、一瞬、
あらま!という顔で注目した。
今どき、
リアルで聞けない!
私も初めてちゃんと見た。
「しゃがれ」は、30代半ば、小物感漂う金髪の小太りさんだった。
声はわざと潰したのだろう。
この刹那、間違いなく彼だけが大座敷の主役だった。
彼による彼だけの彼の為の、、、。
しかし、無情にもスポットライトはすぐに消え、、、
ワイワイガヤガヤ
ワイワイガヤガヤ
お座敷は、即、カオスな空間へと戻ってしまった。
お店の人も、右へ左へと大忙し。
我が家も、いや、私も執拗に熱心にウネウネ攻撃を仕掛けてくる夫との攻防が佳境に入っていた。
「はい、妻さん、口開けて」
「え!?マジでいいよ」
「そうそう食べられないんですよ」
(そもそも食べたくない)
「ちょ、ちょっと、キモいし」
「新鮮だからです」
その間、お隣でも戦いは続行していた。
女性は、相変わらず小声で地味に粘る。
「しゃがれ」は、
てめぇだけ帰れ
ぶっとばすぞ
などなどネタ切れが心配される中、頑張っていたのだが、、、。
酒も入り、元気いっぱいの
じいちゃん、ばあちゃんの
耳には届かない。
もう一本、瓶ビール頼んで!
サクサク注文しては、楽しそうなおばあちゃん。
イカ刺し追加!
メニューを離さないお父さん。
これ、揚げてね!
活造りの頭&骨を頼むお母さん。
俺の抹茶ハイは?
同じ事を繰り返すおじいちゃん。
もう、食えねーわ、、、
食え食え攻撃にダウン寸前の孫。
お店のあちらこちらで、
どこまでも自由に、
どこまでも奔放に、
烈しい団らんが繰り広げられている。
「しゃがれ」は最後の力を振り絞ると、
てめえに何がわかんだよ
と、微妙なセリフを吐く。
が、たちまち喧騒に抹殺されてしまった。
断然聞く派の私も、せっかくの砂被りに座っているにも関わらず、それどころではなかった。
夫に根負けし、ウネウネを口に入れたのだが、、、、
口蓋に取り付いた敵を噛み倒せずにいた。
難敵に苦しむ妻に、夫は嬉しそうに感想を求める。
「どうですか?妻さん。美味しいでしょ?」
「ハガァ〜#ハガ*5☆€<#×、、、」
私は、ようやく口から取り出したイカの凶器をしげしげと眺めた。
マイクロミニサイズの
ジョーズの牙
「これ、ギザギザになっているんですけど」
と夫に伝える。
「そうですよ。イカはタコとちがって吸盤だけではないのです。」
と生物学の抗議が始まる。
このジョーズの牙は、角質環という。
とても小さいのだが、イカの吸盤一つ一つに嵌っており、獲物をがっちり捉えて逃さない。
目いっぱい食べている我が子は大丈夫だろうか?
私を苦しめたジョーズの歯を見せようとして、気が付いた。
うちの子、モグモグしながら「しゃがれ」を
ガン見している。
うーん、どうしようかな?とさすがに逡巡した私であったが、、、。
唯一の観客による無遠慮な視線にいたたまれなくなったのか、「しゃがれ」はふっと厠へ立った。
そして戻ってくるなり、壁の方を向いてごろりと横になってしまった。
お前ら
キライ
とでも言うように、、、。
連れの女性は、白けた様子でカピカピに乾いた刺身を口に放り込む。
そんな「しゃがれ」の不貞寝姿に、誰一人気付くことはない。
ますます昼下がりのお座敷は盛り上がっていく。
ゲテモノに大満足な夫を先頭に、我が家はその場を辞したのであった。
結論
男女の喧嘩もエンターテイメント性がないと、犬も食わないということは分かった。
かの女性には、啖呵の切り方などなどを学ぶ上でも、極妻や落語をお勧めしたい。
そしてなにより、出る舞台を間違えちゃった「しゃがれ」には、深みのあるセリフが言えるようもっともっと研鑽を積んでほしいところだ。
公共の場で、人生の荒波を乗り越えてこられた方々を前にするのであれば、なおさらである。
どのみち、
どっかのおばはんにネタにされるのがオチなのだが、、、。
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