ショーロク!! 5月ー5
8.最高学年の球技大会(前半)
遠足が終わるとすぐに球技大会があった。
ナカショー(中尾中小学校)では低学年の部(1~3年)と高学年の部(4~6年)に分かれてトーナメントをする。
このトーナメント制が地獄で、もし最高学年の6年生が初戦で下の学年に負けようものなら、その後は一日が終わるまで屈辱の『応援団』をしないといけなくなる。
去年の6年1組は初戦でオレたちの5年2組に負けて、泣きそうな顔で下級生や同級生にフレーフレーとやる気なく言っていたものだ。
下級生に負けたクラス、というのは卒業までついてまわる。
皆、口には出さないけど「6-1、ああ、あの・・・」なんて感じで話し合ったりするのだ。
なので、6年生にとってこの大会は鬼門だった。
おまけにオレは球技が大嫌いだった。
特にドッジボール。
あれはゴリラのスポーツだ。
オレは高等類人猿なので、あんなのやりたくない。
せめてバスケのチームに入らねば。
ナカショーの球技大会の種目は2つしかないのだ。
ドッジとバスケ。最悪の2択である。
しかしオレはじゃんけんで負けてしまった。
バスケの選手は7人だけ。クラスの大半はドッジへと回されるのだ。
「最悪や・・・」
じゃんけんが終わってうなだれるオレに清川が声をかけてきた。
「そんなにバスケがしたかったの?」
オレはめんどくさそうに答えた。
「バスケがしたいんやなくて、ドッジが嫌やねん。
オレは背が小さいし、まあまあ動けるから
最後の一人になること多いやろ・・・」
「それってすごいことじゃん、何が嫌なのさ?」
「アホやな、最後の一人になったら注目されるやろ
そのときにボール当てられて負けたら全責任がオレ、
最後に当たっただけやのに、むしろ頑張ってたのに
何かチームが負けたらオレのせいみたいになるやろが」
と、オレはなぜか強めに清川に言ってしまった。
じゃんけんの負けの怒りをこいつにぶちまけてしまったみたいだった。
「・・・そうかなあ。でも、それじゃあさ」
転校してしばらくは「アホ」「ボケ」と意味もなく言われることにいちいち落ち込んでいた清川だったが、今ではもう慣れたのか、オレが普通に話す言葉で落ち込むことはなくなった。
「横っちは逃げ回らずに最初に当たって外野に出てればいいじゃん」
!!
オレは頭をガン!と殴られた気になった。
-わざとボールにぶつかる!
そんな悪どい手があったとは!
「清川、お前けっこう悪いなあ」
「ええっ!何でそうなるの!?」
と、清川は驚いていたが、オレはこの悪いささやきに心底感心していた。
小学校1年の頃にドッジボールを強制的にさせられて以来、こういうことは本気で取り組まないといけないーそんな風に知らないうちにインプットされていた。これを洗脳というのか、小学校教育恐るべし!
清川の悪魔のささやきで目が覚めた。
そうだ!最初に当たってしまえばあとは楽なのだ。
最後の一人の緊張感は、たぶん味わったものにしか分からない。
オレは今年の球技大会はさっさと弱めのボールに当たってしまい、後は外野でやいやい言うだけにしようと決めた。
おそらく、オレが外野に出たところで、ドッジボールゴリラ部隊のヤマンやキタンやおっくんがいるから、ウチのクラスはそう簡単には負けないはずだ。
そして、この清川の秘策はオレの心にとめておくことにしようとも思った。
クラスのほかの男子にこの楽な作戦がばれて、みんなが我先に外野に出てしまうと、本格的にウチが負けてしまうかも知れない。
最高学年として下級生に負けるのだけは避けないといけない。
そのためには皆には頑張ってもらうしかないのだ。
こうしてオレは清川のおかげで『楽をする』というスキルを手に入れたのだった。
・・・はずなのだが・・・
球技大会当日、初戦からオレは早くも最後の『2人』になってしまった。
おまけに残ったのが、オレと小笠原良子である。困った。
いや、何が『困った』なのか、正直自分でもよく分からないのだが、とにかく困ったのである。
困ったと言えば、初戦の相手チームだ。
サトチンがいる6年2組だったのだ。
最高学年対決と言えば聞こえはいいし、たとえ負けたとしても下級生に負けるよりクラスとしてのダメージはずいぶん少なくなるのだが、手を抜く相手としては最悪だった。
サトチンが何となくオレを狙ってくるので、オレもムキになって逃げ回ってしまった。
そうこうしているうちに『楽して当たって外に出る』作戦のことをすっかり忘れてしまい、気がついたときには小笠原と二人で内野に残されてしまったのだ。
「横っち!死んでも当たるなよ!」
と、バスケ班のキタンから無茶苦茶な応援の声が届いた。
その間も敵チームからの怒涛の攻めはやまない。もう3分近く一方的にボールを持たれている。
どうやらオレよりも小笠原を狙っているようだ。ますますオレが最後の一人になる可能性が高くなった。
おまけに相手の内野はサトチンを含めてまだ4人もいるのだ。さらに悪いことに4人中3人が男子でサトチン以外の2名はリトルリーグで野球までしていやがるのだ。ついでに一人残っている女子はゴリラだ。いや女子にゴリラは悪いな。オランウータンだ。とにかく全員強いわけだ。
負けが濃厚になってきているのに何でこんなに必死でオレたちは逃げ回っているのだろうか。
ひょっとしたら人間の、いや小学生の体内に『ドッジ全力細胞』が億単位で組み込まれているのではないだろうか・・・
そんなことを考えながら逃げ回っていると、不意に小笠原に腕をつかまれた。
「横山、アタシもう無理!」
知らんがな。
「次のボール、わざと当たるから、あんた残って何とかしてな!」
え?何?どういうこと?
と、言う間もなく、小笠原はサトチンの投げた重めの球に自ら当たり、そのボールを自軍の内野に落として「頼んだで、このボール大切にしてや」と言い残して、颯爽と外野に去っていった。
いや、何かかっこいいぞ、お前・・・
と、思ったのと「しまったぁ!その役目、オレがやりたかった!」と思うのが同時だった。
8.最高学年の球技大会(後半)
仕方なくボールを持ち上げたオレにクラスから怒声のような応援が始まった。
「いけえ、横っち!」
「ボール、大事に!」
「まわせ、まわせ!」
という真っ当な応援から。
「ボール取られたら殺すぞ!」
「一気に四人とも殺せ!」
という過激なものまであった。
殺せ!という表現は本当に命を奪えという意味ではなく、あくまでボールを当ててアウトにしろ、ということだと思う。・・・おそらく。
そしてオレも本当に殺されることはないはずだ。・・・たぶん。
オレはやや緊張しながら、まずは外野へと大きくボールを送った。
ラインすれすれで2組の内野が手をあげたが取られずに、ボールは何とかウチの外野へと届いた。
やれやれである。
何を隠そう、オレは投げるのも受けるのも下手くそなのだ。特化しているのは逃げることだけ。何とも情けない。
なので、相手にボールを奪われると逆転できる要素はないのだ。
何とかして外野メンバーに頑張ってもらって2組の内野をつぶしてもらうしかない。
・・・と、思っていたのに。
外野でボールを受けたクリちゃんが見事な女子投げであっさりサトチンにボールを取られてしまった。しばいたろか。
そこからまたしても2組による怒涛の攻めが開始。オレは逃げ回る一方となった。
いい加減当たって楽になりたいのだが、ドッジ全力細胞がフル活動しているせいでなかなか当たらなかった。
オレがボールをかわすたびに無責任に大きくなる歓声。心からオレを応援してくれている?いいや違う!
オレは知ってるぞ。そんなに応援してるくせにオレが当たってクラスの負けが決まった瞬間、倍以上落胆のため息をついて、最後まで粘ったオレをお前らは傷つけるんだろう!
そんなことを考えたせいか、オレはついに足を絡ませて倒れてしまった。
ヤバい。相手の内野ラインぎりぎりだ。
しかも今は相手チームの外野に面していて、サトチンらのいる内野には背を向けている。完全に無防備状態だ。
相手チームの外野から内野へはすでに短めで速度のついたパスが送られている。
オレは立ち上がるべきか、このままやり過ごすべきかの選択を迫られた。
ほぼ無意識にケツを支点に180度回転した。
目の前にボールを受け取ったサトチンがいた。
もはや絶対絶命だ。クラスの応援が一気に落胆へと変わっていくのが分かった。
オレも気分的にはすぐさま諦めたかった。しかし、である!
この日のオレのドッジ全力細胞は自分の想像すら超えていた。
以下、オレの脳内で0.1秒の間に繰り広げられた『回避会議』である。
オレ1「ヤバいぞ!」
オレ2「落ち着け、サトチンのクセならわかる!」
オレ3「ロリコンってことか!」
オレ4「いや、今はあいつの性癖はどうでもいい!」
オレ3「そうだな、11歳にしてロリコンってやばいもんな!」
オレ2「そうそう、奈良健康ランドで3歳児の幼女ガン見してたからな」
オレ3「ああいう変態にだけはなりたくないな」
オレ4「お前ら!うるさい黙れ!」
オレ5「あいつはSっ気強いから顔面狙うはずや!」
オレ4「おお!やっとまともな意見キタ!」
オレ1「よし顔面だけよけよう」
オレ6「でも、顔面セーフやろ」
オレ7「じゃあ当たってもいいやん」
オレ8「さすがに痛いやろ」
オレ9「とか言って足狙う奴かもよ」
オレ5「確かに、そういう卑怯なとこあるな、あいつは」
オレ10「で、どうすんの?」
全オレ「分かれへ―ん」
アホか、オレめええ!(; ・`д・´)!
0,1秒の脳内会議の結果は『不毛』としか言いようがないものだった。
だめだこりゃ!
と、思った瞬間、オレはもうどうにでもなれ、とコート内に寝ころんでいた。これはもう本能だ。
するとサトチンのボールはオレの胸あたりを狙ったらしく、オレの頭上を越えていった。
当たらずにすんだ!
と思ったと同時にオレの体は動きだしていた。
相手チームの外野が手を伸ばしていたが、それより早くオレはボールをつかめたのだ!
ボール復活である。
再度沸き立つ我が6年3組。お前ら一回オレを見捨てたよな。
立ち上がると、オレの視界には最高のチャンスを逃し動揺したサトチンの姿があった。
距離は遠かったが、一瞬の隙狙いでサトチンの足元にボールを投げた。
走りこんできて至近距離で当てられると思っていたのだろう、完全に虚を突かれたサトチンはそのボールをつかめなかった。
ありがたいことに真っすぐボールを投げたおかげで、そのボールは再度オレのもとへと戻ってきたのだ。
めちゃくちゃ沸く展開だ。流れはこっちに来ている!
オレは受け取ったボールを拾い上げて自軍の外野にロングパスした。
それを取ってくれたのが小笠原だった。こいつは背が高いので女子の中では一番の使い手みたいだった。
小笠原はクイックスローで(受けたらすぐ投げる)ライン近くにいた2組の男子の背中にボールを当てた。内野への生還である。
これで内野が2対2になった。両クラスともに男女ペアである。ボールはまだオレたちのものだ。
完全に流れをつかんだ!さあ、ここから反撃だ!!いつになくオレのドッジ熱が高まっていた。
小笠原が外野からこっちに走って戻る間に、外野からオレにボールがまわってきた。
「よっしゃああ!!」
勢いに乗ったオレはまたしても相手チームを狙った。もちろん女子だ。
バスッ!
しかし、その女子(オランウータン)はがっちりボールを受け止めて
ヒュッ!
すごいスピードでオレに向けボールを返してきた。
バンッ!
無理に手を出したオレに当たるボール。あえなくアウト。
おまけにそのボールは大きく弾んだため、オレをマークして攻撃のチャンスを狙っていた相手チームのリトルリーグ男子にわたってしまった。
そいつがボールを受け止めた瞬間に、やっと小笠原がコートに戻ってきた。
「あ」
と、小笠原が言った瞬間、
ドヒュッ!
ボールが飛んできた。
完全に気を抜いていた小笠原はそのボールに当たるしかなかった。
時間にしてわずか1秒足らず、オレの復活から数えても多分数秒だったかも知れない。
超興奮からどん底へ。6年3組は絵に描いたような落胆ムードに包まれた。
なかには「せっかく応援したのに」というあからさまなガッカリを口に出すものもいた。
もうどうでもいいや。
オレは内野コートで仰向けに寝転がって無駄に青い初夏の空を見上げながら、肩で息をしていた。
「ちょっと!」
青空をバックに逆光になって、影を濃くした小笠原の顔がオレの視界をふさいだ。
怒ってるよなあ、当然だ。せっかく戻れたと思ったら、オレのミスですぐアウトになったんだから・・・
「よう頑張ったなあ!ありがとう!」
・・・へ?
小笠原はオレに手を差し出している。何これ?
と戸惑いつつも、オレはその手をつかんで立ち上がらせてもらった。
すると
「横っち、お疲れ!」「頑張ったな!」「しゃあない、しゃあない!」
という声があちこちから聞こえてきた。
え?え?
オレはあまりにも温かくて、大人な反応をしているクラスの仲間に驚きを隠せずキョトンとしていた。
完全になじられる覚悟でいたのに、若干拍子抜けしてしまったが、さすがに最高学年ってやつだなあと少し感動もしていた。
でも・・・
どうせならもっといじってくれた方が『おいしい』のになあ、という残念な気持ちもなくはなかった。
我ながら自分の心情がよく分からない。
「ちょっと、手ぇ離してよ!」
小笠原が今度は怒ったように言う。
慌ててオレはぶっきらぼうに奴の手を離した。
熱戦を終えた後の熱気とは別の熱さがまだ右手に残っている気がした。
そんな感じで小学校最後の球技大会は初戦敗退という結果で終わってしまった。もうドッジボールなんて一生やらんぞ!
5月編 完
余談だが、オレたちを倒したサトチンたちの6年2組は2回戦で5年1組に負けてしまい、下級生に負けたという屈辱を味わわされたので、ひょっとしたら初戦敗退も悪くなかったのかもしれない。