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【ことばplus2】日本の詩歌における色の感覚の変遷、例えば「青」について

NHK『ラジオ深夜便』「和歌に詠まれた花をよみ解く」入谷いずみさん(歌人・古典文学研究家)(8月28日(水)午前4:05放送、2024年9月4日(水)午前5:00配信終了)(55分)を聴いた。

入谷いずみ さん
歌人・古典文学研究家。古典から近現代まで、和歌の面白さを伝える活動を展開。「NHK短歌」テキスト1月~6月号で「紫式部の歌」連載中。「歌壇」2月号「今、『源氏物語』にときめく」総論執筆。歌集『海の人形』

 和歌などで扱われる花・植物の変遷について語られていて面白かった。梅と菊の扱われ方の違いとその理由や、イチョウも鎌倉時代からあるのに、歌の世界で認識されたのは与謝野晶子以後というのも驚きだった。色についての話も面白かった。「青」の意味も改めて知った。どうりでアオサギ(blue heron)が青く見えないわけだ。島根県松江市に「青石畳通り」という江戸時代に海から出る石を切り出して敷き詰められた通りがあるが、これも決して青いわけではない。

日本の戦後歌謡に青空が多いのは、戦闘機の飛んでいない空=青空で、青空が平和の象徴になったのでは、という話は聴いたことがある。

以下は色の話についての入谷さんのお話のメモ📝


色の感覚は時代によって随分違う。日本は色を直接表している言葉が少ない文化。白、黒、赤、それぐらい。「青」という言葉は色んな色をあらわす漠然とした表現なので、英語のblueと対応しているわけではない。「青馬」と言った時に、白い馬を指す時も黒い馬を指す時もある。「青」というのは白と黒の間にある色んな色を指している。古典の中では、「青空」という言葉が和歌の中ではほとんどない。それは晴れた空を表す色として「青」という言葉があまり結び付いていないので、晴れた空は「あさみどり」とか、そういう風に、あえて表現するなら表現されている。「あさみどり」という表現はあっても「青空」という言葉はなかった。「青空」という言葉は江戸俳諧ぐらいにちょっと出てきて、そして与謝野晶子や正岡子規や石川啄木の詩とか、その辺りから歌われ始める。漢籍には「蒼天」や「蒼穹」という言葉があったが、日本人の感性としては、どこまでも晴れ渡ったピーカンの空よりも、千変万化するもっと湿度の高い空のほうが良いというか、美しいと思われていた。雲や水蒸気や霧や霞(かすみ)がかかった空の方が見所のある空だとして歌に歌われている。だから青空や虹など、今だと歌に作るものが出てこない。美意識の違い。虹はちょっと不吉なものだったようである。だから歌に詠まれない。青空とか虹は、西洋文化が入ってきて日本人がそのイメージを共有するようになって使うようになったアイテム。歌謡曲でエノケンがヒットさせた「私の青空」という歌、あの辺りから一般の人に青空が素敵なものだということがどんどん共有されていって、その前に石川啄木の詩などもあるが、若山牧水の「白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染そまずただよふ」という有名な和歌もあるが、そんなに数多くなかった。

そしてやっぱり圧倒的に青空が溢れかえるのは戦後の佐藤ハチローの大ヒット曲「リンゴの歌」。そこから一気に青空が歌謡曲にも使われるし、短歌や詩の中にも出てくるし、そして青空というのが希望とかプラスのイメージでどんどん使われるようになっていった。敗戦の日の青空というのが日本人の心に非常に強く植え付けられて、そしてその後の佐藤ハチローのヒット曲などもあって、今までの文化を一変させる一つのターニングポイントにもなったんだろう。

例えば、次の書籍の帯文に見られる「それでも、東京の空は青かった。」という文言はどういう語りなのだろう。ここでは敗戦時ではなく、関東大震災や東京大空襲が引き合いに出されているが、こういう語りの欺瞞性も分析の俎上にのせるべきだろう。

 しかし、戦前の映画でも、『希望の青空』(山本嘉次郎監督、1942年製作)のようなタイトルの作品はある。おそらくエノケン以降の影響だろう。

日本国憲法誕生の過程を辿る映画『日本の青空』も明らかに希望の意味で青空が使われている。

 映画『青空娘』(1957年制作、増村保造監督)のようなタイトルの映画も作られている。

落語家の柳家喬太郎が「歌う井戸の茶碗」の最後で、♪私の青空 というのを歌っている。

元「話の特集」編集長で、ミニコミ・ブーム元祖の矢崎泰久さんの『青空が見えたこともあった』(1977年、三一書房)という本もある。

虹については、聖書において神がノアとの間に立てた「虹の契約」はすべてのいのちとの和解と平和のしるしであり、「虹」(ケシェット)とは、戦いを止めた弓の形であることから、キリスト教圏の反戦平和運動の中で「虹」が平和の兆候や希望のしるしとして表徴されることは珍しくない。最近読んだドロテー・ゼレ『軍拡は戦争がなくても人を殺す』(日本YMCA同盟出版部、1985年)の最終頁でも、虹のメタファーが使われている。

ドロテー・ゼレ『軍拡は戦争がなくても人を殺す』p.158

文献学者・哲学者のニーチェの言葉にも、以下の用例がある。
「人間が復讐から救済されること、これこそ、私にとって、最高の希望への橋であり、長い暴風雨のあとの一つの虹なのである」(『ツァラトゥストラはこう語った』)


なお、さっぽろ自由学校「遊」主催で2024/5/28に開催された関根摩耶さんの特別講演会で、アイヌ語で色を表す単語は4つ(黒、白、赤、その他)だというお話を聞いたこともあるが、日本の古くの言葉でもそうだというのは興味深い。さらに深く歴史を紐解いていきたいテーマだ。

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「青色」についてですが、翔泳社から刊行されている、古今東西文明のなかで、さまざまな意図で使われてきた「色」の歴史とストーリーを、アート作品の美しいビジュアルでたどる「色の物語」シリーズのなかで、「青」の本も出ています。参考になるかも知れません。

ヘイリー・エドワーズ=デュジャルダン『色の物語 青』(翔泳社)

 北斎や広重が愛したベロ藍。ゴッホが神の色とあがめたコバルトブルー。ピカソによる美しく陰鬱な青。モネの青い睡蓮。私たちは、どうしてこんなにも「青」に惹かれるのでしょう?
 本書では青を用いた美術作品を多数掲載、青と美術作品の関係を、気鋭のフランス人美術史研究家が解説します。


・『はじめてつかう漢字字典』の編著者、首藤久義氏(千葉大学名誉教授)によるコラム 第3回「色の漢字見つけ」

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谷口陽子(筑波大学人文社会系)、高橋香里(SOMPO美術財団・保存修復準備室リーダー)『何で人は青を作ったの?』
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古代エジプトの「青」であるエジプシャンブルーについてもふれ、科学的で簡明な説明に加え「なぜ古代エジプト人が青を大事にしたのか」についても語られています。科学に疎くても楽しめる魅力的な一冊です。

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