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NHK『最後の授業』「生物学者 福岡伸一」視聴メモ 機械論的生命観の誤りと動的平衡の生命観の提唱

NHK『最後の授業』「生物学者 福岡伸一」を視聴。顕微鏡を発明したオランダ🇳🇱のレーウェンフック。大学入学後、分子生物学。GP2の遺伝子🧬の発見。GP2のないネズミを作ってどんな異常が現れるかを観察していたが、なんの異常も起こらない。「生命は機械ではない、生命は流れだ」ルドルフ・シェーンハイマー(43歳で自殺)。去年の自分と今の自分では、物質レベルではほとんど別人と言ってもいいぐらい細胞が入れ替わっている。なのになぜ記憶は消えないのか?2011年に理系の研究室を閉じ文系の教授に。シェーンハイマーのコンセプトを福岡は「動的平衡」と呼んだ。動的というのは常に動いているということ、平衡というのはバランスという意味で、絶え間のない流れの中でいつも合成と分解が何とかバランスをとっているというのがわれわれの体の一番大事な特性。生命は絶え間のない流れの中で合成と分解がバランスをとっている。こういう常に動的な平衡が成り立っているから、われわれの体の中は何かがなくても他のものがピンチヒッターになってやってきたり、うまく平衡を作り替えることができるのでGP2がなくても、ないなりに何かそれを補うような仕組みで生物は新しいバランスを作り直しているわけです。分解(自分自身を壊す仕組み)があるのは何故かと言うと、エントロピー増大の法則(宇宙の大原則として、秩序があるものは秩序がない方向にしか動かない。どんなに壮麗に建築物をつくっても月日とともに段々風化していく。でも生命だけは38億年間もずっと連綿として、エントロピー増大の法則に逆らって続いている。それはなぜかというと、頑丈につくるということを最初から諦めて、ユルユルやわやわに自分自身を作っておいて、エントロピー増大の法則が襲ってくるよりも先回りして自分自身を積極的に壊して長い時間秩序を守り続けている。)に闘うため。積極的に作り替えるなら、なぜ老けるのか?われわれの体はリニューアルされているはずなのにどうして老けていくのか?それは、完全にリニューアルすることは出来ないから。細胞の中を作り替えても少しだけ酸化物が残ったりちょっとだけ老廃物が残ったりする。それがちょっとずつちょっとずつ蓄積していくというのが老化ということ。機械論的生命観の誤り。生命には部品はない。狂牛病:草食動物である牛(それも乳牛)に他の家畜の肉骨粉を餌として与えてた。草食動物を人工的に肉食動物にしようとした。羊の病気が牛に入り狂牛病に。狂牛病の牛を食べた人間はヤコブ病に。食べ物が体を作るのに、牛を肉食動物に変えたことで、牛の動的平衡が崩れた。バランスの崩れた牛を食べることで人間もバランスが崩れた。つまり動的平衡は一つの生命の中だけで起こっていることではなく、地球全体の生態系の中でも動的平衡は成り立っている。朝永振一郎『滞独日記』。フェルメールはレーウェンフックと同時代人。一人一人に個別の動的平衡がある。

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