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「売れない保証を見せてくれ」〜無理に思えることを可能だと思い込ませる、インド人リーダーの説得術(インド人リーダーシップ論 #6)

前回はインド人リーダーの7つの特徴のうちの一つ、「現実に左右されず巨大な野望を描く」について自分の経験談をお伝えした。今回はそれに続く2つ目、「無理に思えることを可能だと思い込ませる」について話をしていきたいと思う。この1つ目と2つ目の特徴は対になっている。まず最初に大きなヴィジョンを掲げ、そしてその実現に向けてチームを奮い立たせるわけだ。

先進的なインド人リーダーの下で働く時には、「やったことがないからできません」という理由は基本通用しない。できない理由を説明したところで、その全てをことごとく論破され、だからこそやるべき理由を示される。前例主義が強く保守的な傾向にある日本人にはその指示が受け入れ難いこともあるし、インド人経営者の下で働き始めたばかりの私もそうだった。しかし、彼らは人を奮い立たせるのもうまい。今日はその禅問答のような説得術について自分の体験を語りたいと思う。


「売れない保証を見せろ」要求される悪魔の証明

さて、2003年の創業当時のカクタスに話を戻そう。前回の話の続きだが、私が入社した当時、カクタスは社員10人程度を抱えて月1、2件しか発注がない絶望的な状況だった。にもかかわらず、創業者のアヌラグとアビシェックは私を呼び出して、「君の当面の目標は新規顧客を月100件にすること、そして日本のマーケットシェアの30%を獲得することだ」と言い放った。猛反発をした私は、「いやいや、現在の発注は1、2件ですよ?いきなり100件はいくらなんでも無理に決まってるでしょう。普通、目標っていうのは10件、次に50件、と徐々に増やしていくものでしょ?そもそもうちの会社は実績がないし、このサービスが売れるという保証がないじゃないですか!」と反論した。

「実績?保証?」私の反論に怪訝な顔で首を傾げて、アヌラグはすかさず返した。「実績に何の意味があるんだ?過去を見る必要がどこにある?我々はまだ起業したばかりで誰にも知られていないブランドなんだ。マーケットがそこに存在すること、それがブルーオーシャンであることはデータが示している明白な事実だ。保証が欲しいというのなら、むしろマーケットがあるのにもかかわらず「売れない保証」を見せてくれ。もし君があらゆる方法を使っても月10件しか発注を獲得できないというなら、このビジネスにはやる意味がない。それが本当なら僕はこの事業をやめる。その決断をするためにも、とにかくできることをやってみよう。」

「売れない保証」を見せろって?

私はこの反撃に度肝を抜かれて、すっかり黙ってしまった。これが、ないことをないと証明することは限りなく不可能に近い、「悪魔の証明」というものだろうか?それを私にしろというのか?なんとも無理難題じゃないか。

確かにアヌラグのいうことには一理あった。潜在顧客が存在することが明らかで、かつ競合が少ないのにも関わらずサービスが売れないのはなぜだろう?サービス自体の問題?料金?それとも売り方が間違っているのだろうか?考え始めると、ひょっとしたらやり方さえ変えれば活路が開けるのではないか、状況はまだ自分のコントロール化にあるのではないか、という気がしてきた。いや待て、しかしどうやって?


「人間の脳は、そのようにできている」

「わかりました。できることをやってやろうじゃないですか。」私はそう言った。「で、何から始めればいいですか?」

アヌラグは意を得たようにニヤリと笑って答えた。「それを考えるのが君の仕事だろう?」そして続けた。「僕らは君がその答えを探すためのサポートはいくらでもする。でも答えを探すのは君自身の仕事だ。君がまずなすべきことは、本当に月100件の発注を獲得すると心に決めることだ。本気で信じて向き合えば、必ず答えはある。」

「考えるのは君の仕事」?「信じれば答えはある」?これはまた新手の禅問答か?私がまた納得のいかない顔をしていると、アヌラグは表情を崩して言った。「今は理解できないと思うけれど、実際に取り組んでみれば君にもわかるさ。人間の脳っていうのは、そのようにできているんだ。君の脳に賭けてみようじゃないか!」

とんでもない会社に来てしまった・・・。この議論の後に私の頭の中にあったのは後悔ばかりだった。上司はやるべきことの指示を出してくれる存在だと思っていたがそうじゃないらしい。戦略を考えるも私の仕事だという。やったこともないのに?しかし、このまま仕事を放って日本に帰国する訳にもいかない。たいした実績もないくせに、妙に自信満々で希望にあふれた上司たちにも好奇心が沸いた。「そこまで言うなら仕方ない、騙されたと思ってやってみるか。」

月100件達成へ〜「答え」は本当に見つかった

それから毎週のレビューで新規顧客数を報告するのだが、当然最初の数か月間は話にならない。色々試してみるが効果が出ないのだ。手始めに見込み顧客の連絡先を見つけ出して片っ端からメールを書き、電話をかけまくった。しかしそもそも誰にも知られてない会社なので話も聞いてもらえないし、メールも反応なし。「ダメだ、もう終わりだ、日本に帰国しよう」と絶望しかかった頃に、アヌラグに呼び出された。

「SEO(検索エンジン最適化)を試してみたらどうだ?」と彼は言った。「これからの時代、インターネットからサービスを依頼する人が増えてくるはずだ。僕もSEOについては聞きかじっただけでよく知らないんだが、少し時間を使って勉強してみたらどうだ?」。

2003年当時はまだE-commerceがビジネスの主流になる前で、自社のウェブサイトを持っている会社すら少ない時代だった。我々はウェブサイトを持ってはいたが、私自身は仕組みなど何も知らないし、SEOという言葉も聞いたことがなく、日本語で得られる情報は極めて限られていた。しかし、他に妙案があるわけでもない。1か月集中して勉強だけのための時間をくれと会社に頼み、朝から晩まで検索エンジンのメカニズムやホームページのコーディングについて勉強をした。Google やYahooの検索結果の上位に表示されている企業のウェブサイトのHTMLコードを研究し真似してみたりした。

結果はすぐに現れた。それまで検索エンジンの結果にまったく表示されなかった私たちのウェブサイトが、1ヶ月以内に3ページ目に、それからほどなくして1ページ目に表示されるようになったのだ。そして、とうとうウェブサイトからの問い合わせが来はじめた。SEOがマーケティングの常識となっている今では考えられないと思うが、2003年当時は検索エンジンマーケティングは完全なブルーオーシャンで、素人レベルの施策でも十分に順位への効果があった。

どうやら俺は「答え」を見つけちゃったようだ。自分が出した結果に気を良くしていると、その様子をみていた私にアヌラグが畳み掛けるように、「誠、次は会社のウェブサイトリニューアルをやってみろ」と言った。数ヶ月前だったら「そんなのやったことないよ」と返したかもしれないが、今の自分にはできるような気がする。背中を押され、自分でリニューアル計画を立ててみることにした。いかにも古めかしかったウェブサイトのデザインを一新し、完全日本語にして、新しいコンテンツを何十ページも追加した。

気づくと、ちょうど一年を過ぎたころ、月100件の新規顧客を達成していた。

リーダーの仕事の7割は目標への動機づけである

月100件はごく最初のステップに過ぎなかった。もちろん達成するや否や、創業者たちから提示される目標数値は200、300、500へと増えて行ったのだが、私はもう動揺しなくなった。大変だと思ったのは最初の100件までだ。一度でも不可能と思えた目標を実際に達成した経験が私を強くしてくれたのだ。

「今は理解できないと思うけれど、実際に取り組んでみれば君にもわかるさ。人間の脳っていうのは、そのようにできているんだ。君の脳に賭けてみようじゃないか!」

このアヌラグの言葉の意味がよくわかった。人間の脳は、一度決めた目標は追うようにできている。そして、努力する過程で人は力をつけ、その力が目標を達成させる。達成した経験は自信になり、より高い目標を受け入れやすくなる。成長は好循環するのだ。

今思えば興味深いのは、彼らがリーダーにとって目標への動機づけこそが最大の仕事であるという真理を意識していた点だ。社員に「達成できない」と思われたら絶対にできない。逆に「やってみよう」と思わせたら7割は達成されたようなもの。だから何としても社員を説得して、目標への合意を取る必要がある。経営者の仕事は「託す」ことに他ならない。目標を託した後は、社員とこまめにレビューをして、何がうまくいって何が問題なのかを話し合い、解決策を一緒に考え、新しい試みへの背中を押す。落ち込んでいれば励まし、さぼっていたら適度に突っ込む。しかしあくまでオーナーシップを感じさせることで、担当者本人が考え、実行し、成功し、時には失敗しながら成長する権利を託すわけだ。

このプロセスの中で彼らは一貫して「これは僕らの仕事じゃない、君の仕事なんだ」と私に言い続けた。内心はこんな経験のない小僧に本当に仕事を任せて大丈夫なのかと横で冷や冷やしながら見ていたに違いない。しかし、「なぜできないんだ?ちゃんとやってるのか?」と𠮟ることは一度もなく、常に「絶対できるさ。とにかく思う通りに色々やってみろ」と後押しをしてくれた。実際にはSEOの一件にように、裏で自分たちが調べて思いついたアイディアを「試しにやってみたら?」とそっと投げてきたりもしたが、「やるかどうかは君次第」という姿勢は崩さなかった。この効果はてきめんで、会社から与えられた目標はいつのまにか自分自身の目標になった。施策がうまくいくと、まるで自分がビジネスを回しているような気持ちになったものだ。こんな風に彼らは私をうまく掌握していたのだろう。

成長は好循環し、連動しあう

会社の規模もある程度大きくなった今でも、アヌラグとアビシェックは、ビジネス目標の設定で常に強いリーダーシップを発揮する。高い目標設定に弱気なチームには、同じパターンの禅問答を繰り返すのだ。かくいう私も、挑戦を吹っ掛けられている新しい中間管理職のリーダーたちに過去の自分を重ねて半ば同情しながら、経験者として「信じたら意外となんとかなるものだけどね」と自分の例を出して時折彼らの援護射撃をする。そんな時は、自分たちが何者でもなかった時代の話に花を咲かせて笑い合う。会社の規模が変わっても、「自分たちにはできる」「君にはできる」というスピリットは変わらないままだ。企業とそこに働く人の成長は好循環し、連動しあう。経営者の仕事は、そのサイクルを生み出すことに尽きるのかもしれない。

(つづく)

Photo by Andrea Piacquadio


このシリーズの記事一覧

#1優れた経営者を育てる国インドの秘密を探る旅をはじめます

#2インド人経営者が現代ビジネスにマッチする理由

#3インド人経営者のリーダーシップの7つの特徴

#4新時代の企業にインド人的リーダーシップスタイルがマッチする4つの理由

#5「君の当面の目標は日本の業界1位だ。だって、成長したほうが楽しくないか?」

#6「売れない保証を見せてくれ」〜無理に思えることを可能だと思い込ませる、インド人リーダーの説得術



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