怒りを解消するには
──今回は石田月美さんのリクエストに応えていただきましょう。「横道さんは、思い出して腹が立つような人物や事柄はありますか? もしあったら、どのように対処しているのか教えてください」
横道 思いだして腹が立つことはたくさんあります。私にはADHDがあるから、基本的に短気で怒りっぽいほうだと思います。
──自閉スペクトラム症があると冗談がわからないと言われますしね。
横道 冗談は好きで、じぶんでも好んで言うほうなんですが、「冗談で誤魔化してはいけない」と感じる場面は人並み以上に多いですね。
なるべく怒らないほうが良いとは思っているのですが。
──それはなぜですか。
横道 誰かに対してかんたんに怒りを向ける人は、周囲からの信頼を失います。また怒ることで、過大なストレスをじぶんにかけることになります。怒ると一時期にはスカッとするかもしれませんが、結果的に失うものが大きいです。
──では、どのようにして怒りに対処しているのでしょうか。
横道 一般的には「アンガーマネージメント」という技法が知られていますね。
──どういうものですか。
横道 西洋文学の起源のひとつ、ホメーロスの『イーリアス』は英雄アキレウスの怒りから始まることで有名です。
──それは質問の答えになっていません。
横道 怒りに対する考察は大昔からありましたが、心理学的な対処は1970年代に始まったものが、現在のアンガーマネージメントにつながっています。認知行動療法なんかに近い流れから出てきたようです。
有名で普段遣いしやすいものには、「6秒ルール」があります。感情が破裂しそうになる時間は最大で6秒なので、怒りだしそうになったら6秒数えるというやつです。
──それは便利に使えそうですね。
横道 私自身は6秒では足りないと感じるので、変形した技をやっています。100から93、86、79、72、65と7ずつ引いていきます。
──それを聞いてなんとなく思いだしました。『ジョジョの奇妙な冒険』第6部には、プッチ神父が落ちつくために素数を数えるという場面がありました。
横道 ありましたね。「落ちつくんだ… 『素数』を数えて落ちつくんだ… 『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字…… わたしに勇気を与えてくれる 2…3…5…7… 11…13…17……19…23…28… いや…ちがう29だ 29…31…37…」
──「素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字」「わたしに勇気を与えてくれる」っていうプッチ神父のセリフ、心にグッと来るものがありますよね。孤独な人には素数が勇気を与えてくれる。
横道 私も素数は良いと思います。もちろん暗記しておくんじゃないくて、1とその数でしか割りきれない数を、そのつど確認しながら数えていくのが良いと思います。
──数を数えておけば、どんな怒りでもこらえることができるんですか。
横道 私は怒りをふたつに分けて考えています。
──どういう分類でしょうか。
横道 怒りに燃えている人は、多くの場合、つぎのような状況を体験していると言えます。「その人は何かを勝手に期待し、それが満たされなかった」。それを「裏切られたと誤認してしまっている」。
──そうなんですか。
横道 試しに、最近のあなたの怒りを具体的に思いだしてみてください。
──サイズの合わない靴を履いて、足の甲の皮膚がズル向けになったときにムカっとしました。
横道 履くときに、そういう靴ではないと勝手に期待していたのではないですか。実際にはそんなひどい靴だったので、裏切られたと思ったのでしょう。
──なるほど、そうとも言えますね。
横道 ほかにも思いだしてください。
──たいした要件じゃないのに、マスコミ関係者から何度も電話がかかってきて、イライラしました。
横道 あなたは、どうしてほしかったのですか。
──メールとかSMSでさらっと連絡してほしかったです。SNSのダイレクトメールでもよかったです。
横道 あなたは、シンプルな手段で連絡するのが当たり前だ、それがいまという時代なんだ、と勝手に期待していたのではないでしょうか。そして、それが当たり前じゃないと突きつけられて、裏切られた気分になったんではないですか。
──ふうむ。そういうことか。
横道 もうひとつくらい思いだしてみください。
──私が主宰する自助グループに参加した人が、ツイッターで「あなたが不在のときに参加させてもらったが、傷ついたので伝えます」と短いクレームを送ってきました。それだけなら良いのですが、こちらの応答を無視するために、向こうはこちらをブロック済みにしていました。ですから返信もできません。卑劣なクズだと思いました。
横道 そういう失礼なことは、人間としてやるべきではないのに、と期待していたのでしょう。それが正しい倫理のあり方だ、という幻想のような期待です。その期待が覆されたから、裏切られた気分がして腹が立つのではないですか。
──なるほど! 多くの怒りはじぶん自身の「勝手な期待」に原因があるんですね。
横道 怒っているじぶんをそのように自己分析すると、腹立たしい気持ちが霧散しやすくなります。心の健康管理にとって良いことだと思います。
──でもじぶん自身の「勝手な期待」の結果と見なせない怒りも、あるんですよね。
横道 もちろんそうです。相手が明白に危害を加えてきた場合とか、公的な義務を違反している場合とかがそうですね。
──そういう場合はどうするんですか。
横道 危害を加えてきた場合は、被害の規模が問題でしょうね。さっきお話になっていたクレーム&ブロックの人にも、心理的なダメージを与えてやろうという危害の意志はあったんでしょうね。
──実際、腹立たしく感じました。
横道 そもそも他者に危害を加えようとする人は、心に問題がある人がほとんどです。だからそういう人を、憐れみの眼で見てはどうでしょうか。自助グループでよく言われることのひとつにあります。「困った人というのは、困ってる人だ」。
──ふうむ。
横道 人に迷惑をかけまくりながら、じぶんはどうやってもうまく生きていけない、と苦しんでいるかわいそうな人たちなんです。
──たしかに、そうすれば怒りはやわらぎやすくなりそうです。
しかし、もっと深刻な危害はどうなんですか。家族が誰かに殺されたとか。
横道 それは精神科に通院したり、カウンセリングを受けたり、被害者遺族の自助グループに参加したりするのが良いと思います。
あまり怒らないほうが体に良いと思うと言いましたが、正当な怒りを我慢するほうが体に悪いと思うので、怒るべきときには怒ることも必要です。
──公的な義務を違反している場合も、怒って良いと言ってましたね。
横道 はい。誰かが差別意識によって人権侵害に手を染めているとか、政治家が横暴な態度を取っているとかの場合、どんどん怒って良いと思います。そういう怒りは社会正義ですから。
──どういうふうに怒りを表明するのですか。
横道 守秘義務や個人情報を犯さない範囲で、公に発信すれば良いのではないでしょうか。ツイッターやnoteに書くことができます。あとはやはり、守秘義務のある場所で話すことでしょうね。典型的には自助グループです。
──わかりました。じゃあ、そうしようかな。
横道 イソップ寓話の「王様の耳はロバの耳」で、秘密を知った床屋が秘密を叫んで捨てた穴の底がありますね。自助グループはそのようなものとして機能するのも、長所のひとつと言えます。
──守秘義務があるとはいえ、秘密がバラされないかと不安です。
横道 それを守れないような自助グループは解散するべきですね。でも、もし不安なら、知らない街に行って、ひとりカラオケをやってはどうでしょうか。大声で秘密をシャウトするのです。
──やってみます。