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世界の終わりと、自分に残された時間を考える。。。

さむくなってきて、コロナの感染者数が伸びてきた。

政府も、いよいよ緊急事態宣言をもう一回出す可能性を視野に入れて検討し始めたみたいだ。

コロナって、健康不安だけでなくメンタル面でも不安にさせるよね。。。アメリカのクリスチャンたちが、大統領選をめぐってリベラルと保守にわかれて大論争してるけど、かなり極論に走ってるひとたちもいるみたい。陰謀論まで出てきたし。相当メンタルがやられてるんじゃないかと思う。

「終末論は陰謀論の母」と言うけれど、世の終わりが近いかも、という不安がコロナのメンタル効果で倍増して、みーんな疑心暗鬼になったあげく、複雑な世界の事象を快刀乱麻を断つごとくスパーっと説明してくれる陰謀論に、飛びついてしまってるみたいだ。

もし、ほんとうに世界の終わりが近づいていて、自分に残された時間があとわずかしかないとしたら、どう行動するべきなんだろう。。。

今日の聖書の言葉。

ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。
ガラテヤの信徒への手紙 6:10 新共同訳

「今、時のある間に」という時間数は、いまと世界の終わりの日付けとのあいだの差分で決まる。

だから、3か月後に世界が終わるとしたら、残された時間はあと3か月。

10年後に世界が終わるとしたら、残された時間は10年。

100年後だとしたら、あと100年。1000年後だとしたら、あと1000年。。。ということになる。

世界の終わりの日付けをどこに設定するかで、残された時間がぜんぜん変わって来る。

じゃあ、その日付けはいつなのよ? ということになると、イエス・キリストは、はっきり、こう言ってる。

その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。
マルコによる福音書 13:32 新共同訳

世の終わりとはイコール、イエス・キリストの再臨の日であるわけなんだけど、再臨の当事者であるイエス(子)が「オレも知らない」と言っているんだ。これって、すごく重要だと思う。

世界の終わりの主人公であるイエス自身がその日付けを知らないとしたら、それはつまり、いまと終わりとの差分である「自分に残された時間」は、誰にもわかりっこない、ということになるよね?

だとしたら、いつ終わりが来ても良いように、いま・この瞬間、心の準備をしておくとともに。。。だって5分後にイエスが来ないとも限らないわけだから。。。しかし同時に、この世界が100年続いても、1000年続いても、たとえ1万年続いても、社会がきちんと持続して行けるように努力をかさねなきゃいけないはずなんだ。

マルチン・ルターは「たとえ明日、世界が終わりになろうとも、私はリンゴの木を植える」と言ったそうだ。

今、時のある間に、すべての人に対して
特に
信仰によって家族になった人々に対して
善を行いましょう

自分に残された時間にやるべきこと。それは、だれに対しても善を行うこと。。。このシンプルなことを、最後の瞬間まで、やり続けることができますように。。。

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