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アパレル業において、無料配送キャンペーンは利益に繋がるのか?
ファッションブランドの多くは自社ECサイトを持ち、ZOZOをはじめとしたオンラインショッピングモールも普及してきました。
特に、実店舗に足を運びにくい昨今においては、オンライン店舗に力を入れることで、収益を増やしたいと考えている企業もあるでしょう。
しかし、消費者目線では、ファッション製品はオンラインショッピングにおいて、不安を持ちやすい製品カテゴリーです。具体的には、オンラインでの購買に際して、「サイズが予想と違ったらどうしよう」「色が写真と異なったら嫌だな」などの不安を持たれがちです。
こうした消費者の不安を解消するために、企業は様々な工夫をしているのですが、本記事では、「実店舗とオンライン店舗における購買心理の違い」を踏まえたうえで、オンライン店舗におけるマーケティング戦略を紹介していきます。
中でも、無料配送キャンペーン(配送料無料や返品無料キャンペーン)について、最新の研究成果も含めて詳しく考えていきたいと思います。
実店舗とオンライン店舗における購買心理の違い
私たちは、実店舗において洋服を買う際、製品を手に取り、試着し、鏡の前でチェックすることができます。
実際に製品を着ることができるので、デザインや着丈などが、自分自身に合うのかを確認することが可能です。
つまり、実店舗において、消費者は購買前に品質を精査したうえで、購買するか否かを決定することができます。
一方で、オンライン店舗では、製品を試着することもできませんし、手に取ることすらできません。製品を注文し、お金を払ったうえで、自宅に製品が届けられて初めて、手に取ることができます。
よって、購買前に品質を精査することができない状態で、購買するか否かを決定する必要があります。
そのため、消費者が購買時に感じる不安(=知覚リスク)は、オンライン店舗の方が実店舗よりも大きいと言われています(※1)。
消費者の不安を取り除くための工夫
当然のことですが、多くのアパレルブランドは、オンライン店舗において、消費者が不安を感じることを知っています。
実際に様々な工夫を凝らすことで、消費者の知覚リスクを低減し、購買に繋げてもらおうという取り組みがおこなわれています。
〇写真・ブログ
最初に取り上げるのは、写真やブログといった手法です。
ECサイトでは、製品の写真が表示されることは一般的で、実際に多くのブランドがサイト内に画像をアップロードしています。
ほぼ全てのECサイトがおこなっている取り組みですが、その中でも、オンライン販売に力を入れているブランドは、いくつかの工夫がみられるように思います。
例えば、ビームスでは、ショップ店員の方のスナップ写真が複数掲載されており、洋服を着たときの雰囲気が掴みやすくなっています。スナップ写真は複数の異なる店員さんが掲載していることもあるため、コーディネートや雰囲気、色などを詳細に確認できます。
また、Journal standardなどを運営するベイクルーズでは、モデルが着用した写真はもちろん、裾や襟にフォーカスした画像や、時には洗濯用タグの画像も掲載しています。
〇配送料無料キャンペーン
次に紹介するのが、配送に関するマーケティング戦略です。
ECサイトで服を購入する際、商品の発注に際して配送料がかかることがあります。この送料を無料にするのが、「配送料無料キャンペーン」です。
配送料はそれほど高額でない場合が多いですが、実店舗で購買すれば掛からない費用であるため、消費者にとっては出来れば払いたくないお金です。これを無料にすることによって、購買を促そうというのが、配送料無料キャンペーンの狙いになります。
〇返品無料キャンペーン
ECサイトで購入した製品を返品する際にも、送料がかかる場合が多くあります。この送料を無料にするのが「返品無料キャンペーン」になります。
返品送料が無料であれば、消費者は様々な製品を購入し、自宅で試着し、気に入れば購入・気に入らなければ返品をすることができます。
これにより、「試着ができない」というオンラインショッピング最大のデメリットを、克服することができます。
送料無料キャンペーン・返品無料キャンペーンの両方を組み合わせることで、消費者は何のリスクもなく、気になる服を取り寄せ、試着し、購買の意思決定をおこなうことができます。
つまり、実質的に実店舗とほぼ同じ条件で販売ができると言えます。
無料配送キャンペーンは利益に繋がるのか?
では、配送に関する金額を無料にすることは、売上を増加させるのでしょうか?ここでは、配送料も返品も無料にした場合を考えます。
上述したように、配送料・返品の無料化は、消費者にとって非常に助かる施策です。配送料も返品も無料であるため、気軽に製品を買うことができるためです。全サイズ取り寄せて、サイズ感を比較をすることができますし、「見るだけ見てみたいな」という製品も、取り寄せて検討することができます。
企業にとっても、消費者の知覚リスクを低減させることができるため、有効なマーケティング戦略に思えます。
しかし、この戦略にはリスクもあります。製品をあまり買ってもらえず、返品が非常に多かった場合、利益が増えるどころか、返品送料の負担によって損をしてしまうことがあるためです。
実際に、Shehuたちの研究によると、アパレルやコスメといった知覚リスクが高い製品カテゴリーにおいては、配送料無料キャンペーンは購買意欲を向上させる一方、返品率も上昇させることがわかりました(※2)。
よって、配送料・返品送料ともに無料(つまり、企業負担)にした場合、コストがかさみ、利益は増大しない可能性が指摘されています(※3)。
なお、彼女たちの研究成果は、「返品無料という条件の下での配送料無料キャンペーンの効果」を分析したものでした。そのため、「配送料無料・返品有料」や「配送料有料・返品無料」などのパターンの場合、結果が異なる可能性があることには留意が必要です。
※1: 知覚リスクに関しては、この記事も参照ください。
※2: Shehu, E., Papies, D., & Neslin, S. A. (2020). Free Shipping Promotions and Product Returns. Journal of Marketing Research, 0022243720921812.
※3: 利益を増やすためには、返品率が低くなる取り組みが必要になります。例えば、過去のデータから返品率の低いカテゴリーを選び、そうした製品を無料配送キャンペーンの対象にするといった手法があるかと思います。また、論文内では、「配送料と同額のクーポン配布」といった手法が紹介されています。