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『見送り』


夕方のラッシュアワーで渋滞して

バスが一向に進まない


ほんとうはもっと早く

退勤できる予定だったが

重要な書類にミスを見つけて

帰るに帰れなかったわけ


肝心なところでうっかりする自分と

交差点のたびに停まるバスに

ぶつけどころのない苛立ちを覚える


これなら降りて走った方が

早く帰れるなんて思ったり


渋滞自体は

毎日のことなんだけど

きょうばっかりは

気が気でなくて




娘が今夜のフライトで

海外留学に旅立つ


パパが帰るのが早いか

わたしが出るのが早いか

そんなことを言われていたわけ


俺にも外せない商談があって

きょうは休むわけにもいかなかった


夕食を一緒にとるのは無理でも

見送りくらいはしたい


空港まで行こうかっていう提案は

友達もいるからやめてだって




心のなかの舌打ちを何度しただろうか

ようやく自宅最寄のバス停に着いた


ちょうどそのとき

娘からL1NEが来て



玄関先で妻とふたり

自撮りしている写真と

行ってきますというメッセージ


あぁ間に合わなかったか


一気に脱力してしまった


とぼとぼと残りの道を歩き

玄関を開けたそのとき

慌てふためいた妻が飛び出て来て


留学に必要な書類一式を

娘が忘れてしまっていると


おぉ


やっぱり俺の娘だな

肝心なところでうっかりしてやがる


しょうがないなと

俺はライダースーツに着替えて

単車に乗り込んだわけ


いまから行くぞ

待ってろよ


渋滞もなんのその

風を切って走るんだ




じつはこれ

娘にも妻にも一生内緒だけど


書類を隠したのは俺なんだ


こうやって届けることができれば

娘を見送れるだろ


パスポートじゃすぐバレる

留学書類一式ってのがミソなんだな


さあ空港が見えてきた

駐車場はどこだ


単車から降りて

メットを脱いで

ターミナルへ






マジか


書類を持ってくるの


忘れた




--

続きが書けました。







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