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スキスキ花輪くん ー偏見と品格ー


子どもの頃から、お金持ちといえば私のイメージは「スネ夫」だった。
家に呼んだかと思うとなにやら自慢話ばかりで、弱い者をいじめて、強い者の腰巾着。平気で友だちを裏切るし、馬鹿にする。おまけにママに「スネちゃま」なんて呼ばれて超マザコンじゃん。
「あーあ、こりゃロクな男にならないよ」と、子どもゴコロにも思ったものだ。やっぱり金持ちのボンボンなんて甘ったれでズルくて、ダメだよねー、と。
こうしてお金持ちを見下すことで、私の溜飲は下がっていたのであろう。


しかし、それを覆したのが「花輪くん」だった。
「金持ち=嫌な奴」的な、幼い私の反ブルジョワ的、旧態然とした思想を根本から否定してくれたのである。
花輪くんは男女に等しくジェントルマンで、決して人の悪口は言わないし、人を見下すことはない。争いを好まないが、実は武道の達人で、それをひけらかすこともない。みぎわさんに激しく言い寄られても、傷つけることなく優しくかわすし、みぎわさんを故意に避けることもない。特定の誰かとつるむこともなく、孤独をも愛す。両親が不在なぶん、心の痛みも理解している。だからクラスメートのピンチには常に寄り添い、一緒に悩む、ときには助ける。ボロボロの家に招かれても何の抵抗もなく入って、そこに馴染む。ピアノやヴァイオリン、ギターを弾きこなし、アートにも精通し(家には確かシャガールがあったな……)、インド哲学を嗜む。唯一の欠点は字が汚いこと。
カ・ン・ペ・キ!
とにかく常に中庸で、かつ優しいのだ、花輪くんは。金持ちでなくても、結婚相手としては申し分ないでしょう。

育ちの良さ、というものをわかりやすく教えてくれたのが彼だ。いや、育ちがいいからこうなったのだろうか。それもあるのだろうが、さくらももこさんはきっと、本物の「品格」というものを描きたかったのだと思う。

同時に、世間の金持ちに対する偏見も打砕きたかった。
もしもまる子のクラスメートの貧乏な子どもに花輪くんのような「品格」キャラを被せたとしよう。人々はあの子は貧しいから心が綺麗なのだろうと、解釈するだろう。そして金持ちに対する偏見は変わらない。(そもそも『日本昔ばなし』とかも、金持ちの悪いじいさんと貧乏な優しいじいさん的な話が多かったよね。)
さくらさんは、あえて超お金持ちの花輪くんを品格キャラにしたところで、この金持ちに対する偏見を正そうとしたのではないかと思う。
金持ちはどうせ汚いことをやってんだろうだとか、人の痛みなんてわからないんだろうだとか、見下しやがってだとか、勝手にこっちがムラムラと膨らます「嫉妬からくる妄想」を止めたかった。そして、そんな偏見はかえって自分の品格を下げるものだと、10代だった私はそれを学んだ気がする。
花輪くんが、大野くんのようにイケメンじゃないところも、読者に一歩引いて判断させる、いい塩梅だったと思う。


さて。つい先ごろ、私は私立に子どもを通わせているママにある質問をされた。
スケジュールの話をしていて、私は「その日、小学校の給食の集金当番なので午前中は忙しい」と言ったときだと思う。
「最近、公立には貧困の子どもって多いんでしょう? 給食の集金って大変じゃない? やっぱり家も荒れている?」
そこには、私がかつてスネ夫に抱いていたような偏見の、逆バージョンがあった。

またあるとき、その人は言った。
「公立ってシングルマザーがいるんでしょう? やっぱり不良になる子多い?」と。
やれやれである。何がやっぱりなのかさっぱりわからない。

もともと彼女は会話のはしばしに独自の価値観をにじませることがあり、「埼玉くんだり」だとか(23区以外、いや世田谷区、港区、目黒区以外は認めない様子)、「薄汚い格好」だとか(普通にカジュアルな服装)だとか、「国産車なんか乗る人」だとか、私が「ん? 今なんつった?」と、いろいろ引っかかるポイントが多い人なのだ。

話を戻そう。
花輪くんのように、金持ちの子どもとして生まれついて品格のある子どももいれば、とんだならず者になる子もいる。反対に貧しい家に育って、荒れる子どももいれば、親を支えてきちんと育った子もいる。お金の話ではないのだ。
同様に両親揃っていても仲のいい夫婦もいれば、いがみ合っていて子どもに悪影響の夫婦もいるし、子どもに関心のない親たちもいる。離婚した親でもお互い納得して晴れ晴れとした再スタートを切っている人たちもいるし、いい関係を築いている人たちもいる。そうではない人たちもいる(そもそも私立はどんなに夫婦仲が悪くても、受験ではねられるから離婚はできないのだ。子どものために仮面夫婦でいる場合もあるだろう。それは子どもの精神衛生上どうなのか)。花輪くんを見てほしい。シングルマザーどころか、ヒデじいがマザーだ。

その私立ママと私は訳あって、たびたび付き合わなければならなかったのだが、別の価値観の人だし、もういちいち引っかかるのはやめようと諦めていた。そうは言っても、モヤモヤとしたものはどこかに蓄積していたのだが。

しかしある日、小学生の息子が、私たちのやり取りを聞いていたのだろうか。ご飯を食べながら突然言い放った。
「あのおばさん、ガラが悪い」と。
よく言った! と心の中で、膝を叩いて喜んでいる私もガラが悪くて品格もへったくれもないのだが、いやぁ、スカッとしましたよ、実際。モヤモヤしていたものが吹き飛びました。子どもはよく見ていますね。ええ。
滅多に大人のことなんて言いださない息子だが、「あの人きらい」とかじゃなくて、「ガラが悪い」というのが愉快、痛快。ほほほほほ。彼女が一番言われたくない言葉ではないのか。

彼女がどんなに品のいいスーツを着て真珠のピアスを身につけていようが、高級外車に乗ってブランド物のカバンや時計をして、上品そうに振る舞っていようが。花を飾ったり、高級な手土産で気遣いをみせようが「品格」ってそういうものではないのだ。

同じ金持ちなら、花輪くんを見習ってはどうだろうか。




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今泉真子 mako imaizumi
ここまで読んでくれただけで、うれしいです! ありがとうございました❤️