現代アートコレクター山田裕さん①
現代アートを収集している山田裕さんは、「小説の神様」と呼ばれる志賀直哉のお孫さんでもあります。ご本人は「現代アートコレクターと名乗るのはおこがましいです。普通のサラリーマンが手の届く範囲で心惹かれたアートを手に入れている程度なのですが…」と謙遜されていますが、企業を退職後、志賀についての発信をしながら、好きな作品を探す日々だそう。私は志賀ゆかりの地である千葉県我孫子市在住であり、山田さんに志賀についての取材をしたのがきっかけで、コレクターとしての山田さんにも興味を持ちました。
このマガジンでは山田さんのコレクター生活やコレクション作品、志賀直哉との思い出話などについてご紹介していきたいと思っています。
第一回目は、山田さんが現代アートコレクターとなった背景について、その生い立ちや志賀の影響なども伺いながら紐解きいてゆきます。
祖父の家では半分しかもらえなかったおやつを、今は大人買い
マキ まずは志賀直哉のお孫さんとしての山田さんについておたずねします。山田さんは志賀の五女・田鶴子さんと、エンジニアリング会社の社長も務めた山田伸雄さんの間に生まれた長男で、妹さんもおられるんですね。
山田 ええ。祖父のことは「おじいちゃま」と呼んでいました。おじいちゃまは僕が大学2年の頃まで存命でした。
マキ おじいちゃま! リアルでその単語を使っている人に初めて会いました(笑)。おじいちゃまとは一緒に暮らしていたのですか?
山田 いえ、当時私たち家族は荻窪に住んでいて、おじいちゃまは渋谷区の常磐松(現在の渋谷区東一丁目。渋谷駅の近く)に住んでいたんです。恥ずかしいのでここから先は「祖父」と言い換えますね(笑)。父は海外出張が多く、母も付き添って行くことがよくあり、妹と僕が幼少の頃、祖父のところに1カ月程度預けられることもありました。私は四谷の学習院初等科に通っていたので、家よりも常磐松のほうが近くて通いやすかったです。
マキ 文章の書き方について教わるようなことはあったんですか?
山田 小説の指導を受けるようなことはとくになかったです。ごく普通のおじいちゃんとしてかわいがってくれました。
渋谷駅前の、現在はヒカリエがある場所にパンテオンという映画館があって、常盤松の家からもすぐ近くだったので、映画好きの祖父はよく映画にも連れて行ってくれました。
祖父は当時の人にしては背が高く、外出の時はいつもきちんとした服装で、白いスーツにステッキを持っていてかっこよかったです。家の中にいる時もだらしない格好はせず、身なりに気を使っていました。
祖母に対しては、いつも「康子(さだこ)、康子」と何かにつけて、名前を呼んで用事を頼んでいました。祖母がいないと何もできなかったんですね。少しせっかちなところもあったかもしれません。
祖父の家に遊びに行くと楽しみだったのが風月堂のゴーフル。キッチンの奥のパントリーに入っているのを、祖母がくれるんですが、大きいのを丸ごと食べたいのに、小学生だからといつも妹と半分ずつ割ってしかもらえなくて。だから今は自分で買って、丸ごと食べてるんです(笑)。
おじいちゃまの名にかけて! 電車にはねられた一文を追体験
マキ 山田さんは我孫子の白樺文学館に志賀の遺品を寄贈したり、奈良や我孫子といった志賀ゆかりの地で講演をされたりしています。なぜ志賀直哉についての発信をされているのですか。
山田 祖父の遺言に「名を残す事は望まず、作品が多くの人に正しく接する事、一番望ましい。記念碑の類は一切断はる事、名は残す要なし、作品の小さな断片でも後人の間に残ってくれれば嬉しい」というものがありました。
僕はこれを読んで「多くの人に志賀の作品に触れてほしい」と感じたんです。今は書店の本棚からも「志賀直哉」というインデックスは消えつつあります。志賀直哉という作家についてあらためて広く知ってもらう必要があると思って、祖父についての発信を続けているんです。
マキ お孫さんだからこそできる発信がしたいと。
山田 そうですね。作品自体についての発信は研究者の方もいるのでそちらにお任せして。僕は祖父との私的な思い出や、身の回りにある遺品などを通して、志賀直哉という作家を知ってもらう活動をしています。
例えば実家には、祖父が愛用していた陶芸家・濱田庄司の食器がいくつかありました。これらは作品自体に価値がありますが、志賀直哉が使っていたとなると、そこに物語と新たな価値が生まれます。そこで、その食器も含め、家にあったゆかりの品をご縁があった我孫子市白樺文学館に寄贈しました。
マキ 志賀の足跡を辿る旅もされていますね。
山田 全国のゆかりの地を訪ね、祖父が通ったお店に入ったり、作品に出てくる風景を実際に辿ったりしています。祖父の代表作『城崎にて』の冒頭に「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした〜 」というくだりがあるのですが、どんな電車だったのかが気になって、実際にその車両を調べて、大宮の鉄道博物館まで行って、ほぼ同じものを見せてもらったこともあります。すごく大きい電車で、よくこんなのにはねられて生きていたな! と驚きましたよ(笑)。
マキ 面白い! すごい行動力ですね(笑)。白樺派は、風景や人の生き様などを実際に見て体感して、自分の言葉として作品に落とし込む「実感主義」なのだと聞いたことがあります。山田さんが実際に体感することを大切にしているのも、志賀ゆずりなのかもしれませんね。
これがアート? 不思議とピンと来たヤノベケンジさんの「トラやん」
マキ 山田さんは現代アートコレクターですが、志賀直哉も何かをコレクションするような傾向はあったんですか?
山田 祖父は作家の友人が多かったので、集めなくても普通に家にアートがあった感じです。濱田庄司の器や、バーナードリーチの壺などを普段使いしていました。あとは柳宗悦や武者小路実篤などと一緒に製作していた機関雑誌『白樺』で、国内外の芸術作品について紹介していましたから「まだ世に知られていないアートを紹介したい」という気持ちはあったと思います。
ちなみに『白樺』では当時、まだ日本ではあまり知られていなかったロダン、セザンヌ、ゴッホ、ルノアールなど後期印象派についても紹介しています。ロダンとの出会いは、祖父がアメリカから手に入れた美術雑誌で、その作品を初めて見たことがきっかけでした。その作品に白樺派の面々も魅力を感じ、1910年にオーギュスト・ロダンの70歳の誕生日にあわせて「ロダン特集号」を組むことになったそうです。
マキ 今や有名なロダンやセザンヌなどの印象派を、日本に紹介したのは白樺派だったんですね! 山田さんはいつから現代アートを収集されているんですか?
山田 現代アートにハマったきっかけは、ヤノベケンジさんの「トらやん」に出会ったことなんです。
最初に見た時は正直「これがアート? フィギュアじゃん!」と思いました(笑)。でもなんだか面白いなーと、ピンときたんですね。それで購入してみたんです。
マキ ヤノベさんは、日本の漫画やアニメ、特撮映画などからインスピレーションを受け、そのエッセンスをいち早く現代美術に取り入れたアーティスト。ユーモラスな造形に社会的メッセージが込められた作品群や動いたり乗ったり装着できる機械彫刻、巨大彫刻を制作することで知られている方なんですね。(参考:ヤノベケンジさんのホームページ)
山田 阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件をきっかけに、自作のアトムスーツ(放射線感知服)を着てチェルノブイリに行ったり、同じアトムスーツを着て、大阪にある太陽の塔の目玉に腰掛ける「太陽の塔、乗っ取り計画」というパフォーマンスをしたりしていて面白い人で。そういうストーリーも含めて、ファンになりました。
偶然手に入れたアートは、祖父が愛した作品のレプリカだった
山田 そういえば、祖父が好きだった作品のレプリカを、それだと知らずに入手していたことがありました。デザイン集団のgroovisionsが独自の視点で選んだ京都のセレクトショップ「三三屋」にあったソフビの黒い犬です。これはもともと「高山寺の狗児」と呼ばれている重要文化財の木彫りの仔犬をレプリカにしたものなのですが、かわいいなーと思って買っておいたら、後で祖父に関する本に「志賀直哉はこの木彫りの犬を『時々撫で擦りたいような気持のする彫刻』と記している」と紹介されていてびっくりしました。
マキ それはすごい偶然ですね! かわいくてポップなわんこの人形。山田さんのコレクションもポップですし、やっぱりおじい様と感性が似ているんでしょうか。山田さんは子どもの頃からコレクター気質だったんですか?
山田 子どもの頃は切手集めをしていましたが、中学生になると写真撮影が趣味になりました。自分で撮影、現像した写真とか、アンアンなどの雑誌から好きな写真を切り抜いて、自分の写真集を作ったりもしていました。僕は元々はコマーシャルフォトのカメラマンになりたかったんですよ。
高校生になると母の勧めでバイクにハマって、ホンダのビジネス車を買って乗り回して。バイクは駐車場に6台並んでいたこともありますが、それはコレクションじゃなくて、単に乗り換えても古いバイクを処分せずに溜めていただけ(笑)。
社会人になってからはミッドセンチュリーの家具やサビニャックのポスターなどを集め始めて、それは今も続いています。アールデコやバウハウスも好きですね。あとタイポグラフィも好きで、自分でもレタリングをしたり、絵を描いていたこともありました。
マキ ご自身もアーティストだったのですね!志賀直哉の孫として、素敵なものに囲まれて山田さんの感性は育ったのかもしれませんね。
今日はありがとうございました。
山田 ありがとうございました。
マキ 次回からは山田さんのコレクションを中心にご紹介していきたいと思います。
※山田さんのプロフィールや活動についてはこちらの動画でも詳しく解説されています。気になる方はぜひ!
「稲村雑談 特別版 ②華麗なる一族!!山田家とは?!」
編集協力:最華鷹市
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