「書けない病」を乗り越える方法
「あれっ、キューバの記事が読まれている!」
どの記事に何回ビュー(閲覧)があったのか、noteには調べる機能がある。
書いてからしばらく時間が経っているにもかかわらず、キューバの記事を読んでくれている人がいるなんて、ありがたい。
書けないあせりがよみがえる
私も久しぶりに当時の記事に目を通したら、「キューバの空気」とともに、「書けない病(やまい)」に陥ったときのあせりがよみがえってきた。
「キューバらしさ」を日本の生活で取り入れることで、幸福度を高められたらいいな。そんなテーマ思いついたのに、とたんに何も書けなくなったのだ。
書けなくなることを「ライターズ・ブロック」というが、私の場合、「想いを言葉にできない」という状況だったかと思う。
話すようには書けない
自分が好きなことを文章で表現できたら、楽しいはず。なのに言葉にできないから苦しい。
よく「話すように書け」というけれど、話せても文章にならないことがある。
キューバは「やばい」。言語化するとそんなワードになってしまう。
→ならば、どう「やばい」のか、説明してみましょう。
→何をどこから説明していいのかわかりません。
そのどん詰まりから救ってくれたのが、たまたま同時に発信していた写真と動画の共有アプリ、Instagramだった。
Instagramに救われる
まず写真を選び、説明をつける。ぱっと思いついたことだけ書く。
上の写真が当時のInstagramの例なのだが、「キューバ人の言葉」「場所」「女性のファッションや素敵なところ」を思いついたまま並べているだけだ。
写真によっては「キューバは1950年代のクラシックカーが街を走っています」といった「ひと口解説」もある。
書く自由度が高い空間
いわゆる「絵解き(エトキ)」といわれる写真の説明は自由度がある。
見たままでも、誰かのセリフでも、背景説明でも、うんちくでも、自分の感想でもいいのだ。写真が主役で、説明はサブだから、書きながら緊張しない。
絵を前にするから言葉が出てくる。言葉が出てくると、気持ちも浮かび上がる。
当時のInstagramをみなおすと「ゴージャス」「映画みたい」「素敵」といったざっくりした表現が多い。あとで「ゴージャスとはどういうことかな」とかみくだくこともできる。
何も書くことがなくても
頭のなかで言いたいことが「ごった煮」状態になっていたり、しっかりしたものを書かなければとプレッシャーが強かったり、何も書くことが浮かばなかったり。
いろいろな状況で「絵解き」の発信から始めると、一歩を踏み出せる。
実際にnoteのキューバ記事も、Instagramの写真説明で何でもいいから言葉にしたことを「かたち」にしている。
"絵"があるキューバだからできるんでしょ? といわれるかもしれない。
しかし、2025年に雑多なテーマで書いている私のnoteも「絵(イメージ)を決める(見出し画像を選んでいる時間も楽しい!)」→「説明する」→「話をふくらませたり、掘り下げたり、くっつけたりする」の手順で書いている。
一枚の写真にひと言。まずはここから、想いの言語化が始まる。