お千鶴さん事件帖「結晶」第四話②/3
抜いたことなどないと思っていた檜山の刀が、今や賊の刀とぎりぎりと音をたてて噛み合っている。
ーーやられないで! と千鶴の腕にも力が入る。
檜山が真っ先に刀を押し込んだ。しかし、賊も力いっぱい押し返し、やられそうになった。
ああ、と心の中で泣き叫ぶ。しかしそんなことも、しばらくのことだった。
傍目から見ても次第に檜山の力が優勢になるように見える。
ーー檜山様がこんなに強いなんて……。
伸びた背筋で、すかさず上段にかまえた。それを見て賊はあきらめて脱兎のごとく逃げ出したのだった。
追いかけようと数歩走り出た檜山だったが、踵を返した。
「お千鶴さん、大丈夫ですか? お由さんも」と言いながら千鶴に歩み寄った。
おっとりとした、丁寧な言葉遣いはいつもの檜山に戻っていた。
「ええ、ええ」と何度も頷いた。
声にならない声を絞り出したが、腰が抜けて立ち上がれない。隣で由も、血の気のない顔色のままへたりこんでいる。
千鶴は下腹をなぜた。
恐ろしすぎて、声も思うように出せない。檜山の一面しか見ていなかった自分の愚かさにも腹立たしく、恥ずかしい気がした。
「檜山様、檜山様」
やっと出た声を檜山に向け、由の手を固く握り締めていた。由だって、怖かったはずだ。そうだ、うろたえている場合ではないのに、と頭の中では様々な考えが浮かんでは消えた。
二人分の命が助かりました、感謝しますと伝えたかったのにできなかった。ホッとした拍子に千鶴の眼の先は、ぷっつりと暗幕が降りた。
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