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座禅

突然雨が降り出し、小走りでお寺の中に入った。
あたりが急に暗くなり、雷の音が鳴り響く。

お寺の中にはたくさんのお坊さんがいる。こんなにたくさんのお坊さんと一度に対面することは初めてで、それだけで、『日本昔話』の世界に紛れ込んだような不思議な気分である。

【やさしい座禅体験会】と名付けられたその会は、若いお坊さんたちが企画しているイベントらしい。座禅の前に法話があり、定員オーバーの老若男女が熱心に法話に耳を傾けていた。雷がズドンと落ちる度に騒ぎそうな子たちも、みな静かだった。

村の人がみな集い、和尚さんの話に耳を傾ける。
何百年前も、こんな光景があったのだろうな。
そんな想像するのも楽しい。

「無(む)」とは何か。
「間(ま)」とは何か。

静かな問いかけを、一緒に考える。

忙しない毎日の中、自分の中に「間」がなくなると、剥き出しの自分で勝負することになる。
当たると痛く、疲れる。
同じように「間」がなくなっている相手との間では、諍いが起こるだろう。

法話を聞きながらいろいろと思いを巡らし、気づくと「間」という透明の服を身にまとう人を想像していた。
お互いがその素敵な透明の服を身に着けていると、当たっても痛くはない。
その服を着ると、普段の倍くらいの歩幅で、軽やかに歩くことができる。
欲しいな、その服。

本当は分かっている。
休むから歩ける。
スピードを落とすから、周りの様子が見える。
やらなければならないことに埋め尽くされると、だんだん心が枯れていく。

開け放たれた禅寺のお堂で、庭に向かって座り、雨と雷の音を聞きながら、溢れ出る邪念を一つ一つ川に流す。
時折、サッと涼しい風が吹き抜け、夏の終わりを告げていた。

次々浮かんできた仕事のタスクをすべて流して(忘れて)しまってよかったのか、少々不安ではあるが、そんなことより「何を大切にしたいか分かった」という感触がうれしかった。

ちょっと最近やり過ぎている、そんな方にお勧めします。

今日の質問:たまには「無」になってみませんか。
「考えない」を考える、「何もしない」をやってみるのはいかがですか。

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弁護士岡部真記
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