何にしても「きっかけ」は些細なことで、その些細なことが「個の自分」に突き刺さるのであって
最近、私の身辺にいろいろなことがあって、このマガジンの更新も前回から随分間が空いてしまいました。
さて、私は「会社員として生活をひたすら安定させる」生き方を捨て、「自分を自分として、悔いなく生きる」ことを選択しました。そこには当然、「魂の在り方」という課題がありました。
私なんかただの凡人ですからね。「煩悩」とか「よこしまな動機」に埋もれて行動しているようなものです。立派なものなどひとつとしてありません。
そこで、件の友に、なんの遠慮もなく聞いてみました。
「ふんどし活動を始めた『本当の』きっかけって何ですか?」
彼のブログには、禊だの魂を浄めるだの、何も言い訳のできない姿で神仏と向かい合うだの、力強い言葉で綴られていました。
でもそれって、所詮「後付け」ですよね。私が万事そうですから。
返ってきた答えはいたってシンプルでした。
「メタボになってきたから、日課としてランニングを始めたんですよ」
はい、拍子抜けするほど凡庸な言葉が最初に出てきました。
「でも、意志が弱いっていうか、続かなくて。。。」
はいはい、私もそうです。自分に流されやすい弱い人間です。
「でも、ネットだったかTVだったかで見たんですよ。大きなマラソン大会の中で、ふんどし一丁で走る野郎の集団を。理由もなく『これだ!』って直感で思いましたね」
ここでいう「これだ!」って、すごく重要です。直感って、魂の導きなんですよ。
「僕も早速真似して、あまり人目に触れない夜中、近所を走ることにしたんですが、これがまた爽快で、ものすごいモチベーションになりましたね。ふんどしランニングにしてから続くようになりました。」
わかります。「天上天下唯我独尊」ってヤツですね。俺の真似をできる奴がいたらやってみろ!という心意気。
「でもね、あえなく近隣住民に通報され、警察に職務質問されたんです」
そりゃそうです。寒空でほぼ全裸に近い状態でランニング。誰が見ても怪しい。
「その時、口をついて出たのがブログで書いた『禊』のくだりなんですよ。でもね、これがその後の僕を支えて勇気づけましたね」
「とはいえ家族からは、恥ずかしいからやめろって、猛反対食らいましたよ。てか、一番の敵は家族でしたね」
あ、この人、ここで躓いてる。自分で決めた「これだ!」を崩されかかっている。
迷ってる。「穢れ」を抱えかけてる。
今までこの人、この話誰かにしたことあったのかな?