第七話:昔話
いつもの食卓でテレビを眺めながら食事をするぶっこちゃんを見ていて、しのぶはふいに昔を思い出す。昔と言っても十数年程前のこと。ぶっこちゃんは七十代くらいかな。テレビで「サンマのからくりテレビ」とかいう人気クイズ番組があって、ボケた答えを言う回答者に司会のサンマさんが突っ込むのが面白くてよく見ていたのだけれど、その番組の中に「ご長寿早押しクイズ」なるものがあって、およそ八十をまわったご長寿回答者の珍回答の素のボケっぷりを面白がるという、今ならどこかの団体から苦情が来そうな企画だったのだけれども、やはりこれも面白くて家族団らんの場面に登場していたわけである。
当時ぶっこちゃんとは呼ばれていなかったおばあちゃんは年相応に物忘れもあるし、性分由来のひょうきんさも持ち合わせていたために、普通にサンマさんがおもろいとか言って一緒に笑っていた。
そんなある日の「ご長寿早押しクイズ」を見ている時に、ふいとぶっこちゃんが真剣な目をしてつぶやいた。
「私もこんなんなるんやろか」
それは、今現在しっかりしている自分がこんな風にボケるわけがないという反発心と、でも、もしかしたら年をとるとほとんどの人がこうなっていくものなのかもしれないという不安とが入り混じった、少々悩ましい言葉だったのかもしれない。
そんな高齢者の気持ちなど分かるわけがない当時まだ学生だったしのぶは冗談ぽく笑いながら言う。
「大丈夫や、既にそんな感じや」
その時ぶっこちゃんは笑っていたように記憶するが、今思えばひどいことを言ってしまったのかもしれないと十数年ぶりに反省してみたりした。
今、目の前のぶっこちゃんは笑うでもなく夜の娯楽番組を眺めている。登場するサンマさんを見ても表情を変えない。サンマさんだと分かっているのか、若しくは知らない人になってしまったのか。
ふいに、ぶっこちゃんは「ふわぁー」と大きなあくびをする。それからどうするのかと思えば、しのぶの顔を見て言った。
「あーあくび出やすいわ……あ、今あくびとちくわ間違ったかな?」
どうやら、ぶっこちゃんにテレビは不要らしい。笑いをこらえきれずしのぶは
「ぶっこちゃんサイコーやわ」
そう言いながら、側にあったチラシの裏にネタを書き留める。記憶の記録。しのぶとて、忘れてしまわないように。
ぶっこちゃんはぶっこちゃんで訳が分からずも、しのぶの笑いにつられて笑う。
「えぇ、ちくわがサイコーかぁ、まぁ美味しいな。あはははは」