第21話:イライラ
毎日、話題が絶えないのがぶっこちゃんである。
今朝は、台所でなにやら一生懸命作業をしていた。見ると、ヘアーゴムの結び目の毛羽立ちを、ハサミでカットしようとしていた。
珍しく、真剣である。
暫く後・・・
「もぅ、このハサミなんで切れへんのやろ」
青のハサミに苛立っている。
この青、元々キッチンバサミなのだが、普段は主に紙やら何やら多用途に使用しているため、雑多な刃になってしまっている。布は切れないというのは先日確認した。どうやら、ゴムも切れないらしい。
「ちょっと、そこの黄色いハサミ取って!」
苛立ちが、しのぶの方に拡散した。
「これはキッチンバサミやからあかん。」
そう言うと、珍しく「そっか。」とつぶやいて諦めた。
……が、切れない青で、頑張っている。
しのぶは、別の部屋から、子どもが使うような、小ぶりの工作ハサミを持ってきて手渡した。
ぶっこちゃんは、おもむろにそれで切ってみた……これが良く切れた。
何というストレスフリーなハサミなのか。見ていたしのぶも気持ち良かった。
長いこと苦闘していたぶっこちゃんの作業が、あっけなく済んでしまった。
苛立ちが表情から消えたぶっこちゃんはひとこと
「切れへんと、イライラするな」
この、素直さがおかしい。わらかすね。
思い通りにいかないことは、日常いくらでもある。今回ぶっこちゃんは、ハサミを交換することで難を逃れた。だけど困難の多くは、待っていて勝手に去っていくものばかりではない。そして、対処や克服の方法はひとつではない。人によっても異なるし、自分の状態によっても異なる。
自分の脳内物質を自分で操れたら良いけど、不本意に変化の多い女子は苦手なんじゃないかと、女子の一人としてしのぶは思う。
しのぶは自身のストレス解消法として幾つかのアイテムを備えている。
βーエンドルフェンを分泌させるらしいCD。リラックス効果のアロマオイルを使って行うハンドマッサージ。書棚に並べるだけの好きな本たち。キレイな布。お香を焚きながらの部屋ヨガ。美肌効果のある入浴剤。そして、最も効果的なのは夫である幸太との会話。
しのぶは、色んな環境に助けられながらもその環境を自身で臨機応変に選択して調整しており、総合的にそれなりに幸福を感じていた。
年をとると、そうした調整が自分でできなくなってくるから、周囲が環境設定してあげなくちゃ困難から抜け出せない。
ぶっこちゃんの環境調整は私がしてあげなくっちゃと思うと共に、他者の幸福が自分の手に委ねられていることの責任なんかも感じたりして、少し身が引き締まるような心持ちになったしのぶであった。