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第14話:遺影

 ぶっこちゃんの暮らす家は一般的に古民家と位置付けられる年代物の屋敷である。国土地理院のおよそ九十年前の地図に載っている程なので、誰も疑いようもなく、不定期的な補修を施されはするものの基礎や構造そのものは当時のまま現在も使用しているわけなので、歴史的、文化的、実用的価値のある立派な建築物と言える。
 その場所に現在は可愛らしい振る舞いを呈する皺の多い歴史ある女と、中途半端な年齢に成長した平凡な孫娘が住んでいる。
 古い家には当然ながら仏間があって、立派な真宗大谷派様式装飾のキラキラした仏壇と、部屋の欄間に並ぶ白黒の年寄りたちの写真が重厚な黒縁の額にはめ込まれて並んでいる。
 その額の数だけ、月の内に寺の坊さんが経をあげに来るのが月命日というやつで、しのぶも幼少の頃より当たり前の風景として見てきた。
 住職は呼び鈴を使用しない。鍵がかかっていないのが常である玄関の引き戸を勝手に開けて何も言わず入ってくる。誰かに会えば「ご機嫌さまでございます」と重厚な声を漏らし少し頭を下げられそのまま座敷に進まれる。
 しのぶ自身、経は頭の上の方でかすかに聞こえる程度で、住職訪問時に出迎えるでもなく遠くで顔だけ見せて挨拶するような感じだったが、ぶっこちゃんだけは常に自身が赴いて坊さんの後方に座して小声でなむなむ言っている。経をよんでいる風ではないが、そうした雰囲気が重要であるようだ。
 南野家を含む近隣では村の寺の檀家がまだ多くおり、そうした雰囲気を文化的儀式として継続してきていたが、しのぶの年代以降にまでは継承されていきそうにない。
 それを強要しないのもぶっこちゃんの寛容さなのか適当さなのか分からないが、自身が務めるに留まっていた。本人がそれをどう思っていたのかは分からないが、見たところ特に考えていないようである。
 南野家では坊さんのことを「ごえんさん」と言った。「ご縁」なのか「五円」なのかその意味までは分からない。ぶっこちゃんも分かっていない。
 その日、ごえんさんが帰られたあと、ぶっこちゃんが座敷から戻ってこないのでしのぶは様子を見に行った。ぶっこちゃんは、しのぶを見るなり
「今日のごえんさん、声ちっこかったわ」
 と言った。
 しのぶは、内心ぶっこちゃんの耳が遠くなってんよ、と思ったが、言わなかった。
 しのぶは、ぶっこちゃんの隣に座布団を敷いて、ぶっこちゃんと同じように正座の足先を開いた状態で幼子が座るような座り方を真似てみた。
 ぶっこちゃんは、何やら上を眺めるとおもむろに口を動かす。
「古い人から順番にあるけど、もう古い人下ろしてしもて、いつも一人くらいにしたらスッキリして、ええのにな。」
 視線の先には両親と夫の遺影があった。
 しのぶは吹き出しそうになった。
「ほな、古い人はどないすんの?」
「奥へなおしといたらええ。」
 きっぱりと言う。その深層心理は謎のままである。

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