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第20話:死について

 六年前に祖父を、そして一年前に父を亡くしているしのぶは、どうも最近強くなったと感じていた。
 それは「死」について怖くなくなったということである。
 それ以前「死」に対して特別に怖いイメージを持っていたわけではないが、身近な人がいなくなることに対する漠然とした不安と「死」が身近になってきたら恐怖を感じるのではないかという心配があり、特に各地で災害のニュース等を聞いたりしたときは、予期せぬ事態に心の準備もないままに人が消えてしまうんじゃないかという妄想が支配することもあった。
 もちろん、心配などしても何も変わらないし、それよりは普段の備えを整えておくことの方が重要なはずなのだが、その辺は祖母譲りの無頓着が作用してか、備蓄や買い置きを嫌った。
 そういや私、最近何も怖くないわ。なんでやろう?ぶっこちゃんが傍に居るからかな?
 しのぶは紅茶を飲みながら、一人で思いを巡らせてみた。
 日曜日の昼下がり。ぶっこちゃんは縁側でしのぶの夫、幸太とお喋りをしている。
 ローテーブルに置いたカップの向こうに二人の様子を微笑ましく眺めながら、玄関前ソファに足を上げて三角座りしてみた。
 いつ頃からかな。父が亡くなる、もう少し前のような。忙しいと、余計なことを考える暇が無いからかな。
 あ……
 思い出したのは愛犬ロックのこと。今頃になって思い出すなんて、なんて薄情なんだろう私。
 雑種の、どこにでもいるような茶色の中型犬だった。人懐っこく、愛嬌のある犬だったが、満が亡くなった一年後、すんと死んだ。突然のことだった。弱っていくでもなく、元気だったのに、見ると庭に繋がれたまま倒れて死んでいた。寒くなろうとしている頃合いだった。
 あのときは、ひどく落ち込んだのを思い出した。自分を責めたり、泣きわめいたり、毎日散歩したコースをひたすら歩いたりして、かなり長い時間を悲しむために使った。
 その後だ、私が強くなったのは。
 向こうにはロックがいる。先に行ってくれたから、私は死ぬことも怖くなくなったし、みんなが行くことも当たり前のことと思えるようになった。
 祖父の満が死んでもそんなことは思わなかったのに。
 しのぶは、縁側の二人が何を話しているのだろうと気になった。網戸も開けて、暖かな日差しに包まれている。
 そういえば、幸太のお爺さん、お婆さんの話ってきいたことないなと思い、立ち上がって二人のところへ向かう。
 二人の笑顔の間に入って座り込んだ。
「ねぇ何話してるん?」
 ぶっこちゃんが、しのぶの顔を覗き込んで唐突に話し出す。
「死ぬ気になれば何でもできるって言うけど、何でもできやいんわなぁ」
 しのぶは幸太の顔を見た。どういうこと?と聞きたい表情だが、幸太は両手を広げて「さぁ?」という表情を見せた。
 ぶっこちゃんは、もしやしのぶの心から発した波動か何かをキャッチしたのだろうか。何かしら、メッセージなのか、予言的なものなのか。どうにも神秘的に感ずるのは、年齢の成し得る技なのだろうか。
 謎が深まるぶっこちゃんであった。

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