第51話:ぶっこちゃんの部屋
綺麗に清掃された昔サイズ十畳の部屋。四方を障子とふすまで囲われていてどこからでも出入り可能である。北側の障子戸の外は廊下になっており、廊下の向こうは裏庭が広がる。北向きなので花は無く、亡き夫満がこしらえた石庭一面に生える年中コケが厳かに美しい。だが、専ら色鮮やかな花を好むぶっこちゃんはその庭をあまり好まず、およそ年中障子を締め切っている。
南側ふすまの向こうが仏間になっており、月に三度参っていただく坊さんの読経が聞ける特等部屋となる。
西に面したふすまは押入れになっており、布団やら座布団やらシーズンオフの衣類を収納していて普段は開けることはない。
東側の障子の隣部屋は同じような座敷だが、ぶっこちゃんの部屋ほど広くなく、現在はぶっこちゃんの衣装部屋として使用している。
古い家の特徴で天井が高く、照明は電球の取替が大変なため四方の壁に満が設置した。それがモダンでなかなかおしゃれな部屋であるはずなのだが、ここは寝室として以外は使用することがないために中央にどーんと昇降式ベッドが鎮座する。
さて、この部屋でいつもぶっこちゃんは不思議体験をしている。ぶっこちゃんにとってそれは不思議ではないらしく、どうも日常の一場面に過ぎないらしいのだが、それを頻繁に聞かされるしのぶまでも普通のことになってきているから、この家に居ると、若しくはぶっこちゃんと過ごしていると、何が夢かうつつかわからなくなってくる。
死者との出会いであるが、しのぶはもちろん会ったことはない。
七人姉妹の長女ぶっこちゃん。妹で健在なのは三人。あとの三人は既に他界している。その、既に他界した妹たちに、出会えているらしい。時に父母にも出会えている様子。
しのぶは、ぶっこちゃんがいないときに部屋を見渡してみた。もちろん、変わった様子はない。試しに、ぶっこちゃんのベッドに仰向けに寝てみた。寝てみてわかったのは、天井に照明がないことで眩しくない。夜だけでなく、年を重ねると日中もベッドで過ごす時間が増えるかもしれないと予測して満がそうしたのなら大したものだと亡き祖父を思ってみた。
そっと目を閉じて、もしかしたら、こういうことなのかなと気付くことは、誰かを思うことの大切さである。
夜眠るとき、そっと目を閉じて大切な人との思い出を想像する。そういう時間はとても心が癒されるのと同時に、その人がもう会えない人ならば寂しさを感じる。この先もきっと忘れない自分だけの思い出を、心にぎゅっと抱きしめて、宝箱にしまいたい。何度も何度も出会いたい。何度も?いや、少し出し惜しみしたくなるかも。平時はしまっておく。困った時、辛いときに心を救ってもらうためにとっておく。
もしかしたらぶっこちゃんは日々寂しい思いでいるから、毎日会いたい人に出会えるのかもしれないな。
しのぶは次第に気持ちが安らいで、いつの間にか寝息をたてようとしていたその時、ガラッと北側の障子が開いた。
「やっぱりお茶はお茶やな」
しのぶを見つけたぶっこちゃんは言うが、しのぶは突然のことで目を開いてきょとんとしていた。そんなしのぶを見たぶっこちゃんは一歩歩み寄り
「お茶が一番ええいう意味やで」
と言った。
あ、お茶をご所望ですねとしのぶは起き上がってぶっこちゃんのしわだらけの顔に笑顔を返した。