第22話:お留守番
かれこれ一年、どこにも遊びに行っていないなとしのぶはテレビの旅番組を見ながら思った。土曜日の夜なので、幸太が来ている。かれこれ一年とはつまり、幸太と結婚してからどこにも行けていないことになる。結婚前は毎週のように出かけて月に一度は旅行もしていた。少々贅沢ではあるが、旅の大半は幸太の仕事を兼ねていたので、どちらかというと仕事のついでに少し観光するといった風であり、罪悪感なく贅沢していた。
結婚前に行き過ぎていたこともあり、結婚後遊びに行けなくても特に不満を感じることもなく、それよりもだんだん子どもに返っていくぶっこちゃんとの時間を楽しんでいた。
ふと、隣で晩酌をしながら旅番組の料理に見入っている幸太の横顔を見た。次に、幸太ごしに、テレビを見るでもなく幸太のつまみのナッツに手を伸ばそうとしているぶっこちゃんを見た。
「ねぇ幸太、たまには出かけても大丈夫なんちゃうかなぁ?」
「え?」
幸太がちょこを持ったままこちらを見る。
「草津?」
旅番組に向き直る。
画面には湯あみの様子が映っていた。
「泊まりは無理かもしらんけど……」
幸太の向こうからこちらを見るぶっこちゃんと目が合った。
ん?聞いているのだろうか。
「こないだな、足片っぽだけな、神経どこいってもうたんや、あらいんねん」
ぶっこちゃんが会話に入ってきた。内容はてんで噛み合わないが、会話に入りたいのだろうか。
「足?」
優しい幸太が、ぶっこちゃんを仲間に入れた。
「そしたらな、わしここやー言うてな、上がらんとそこにあんねん」
何のことやら分からないが、何やら面白い表現をするものだ。
「足の神経ここですか」
幸太が面白がって、ぶっこちゃんの膝を撫で始めた。
「右足が痛いときもあるねんけどな」
左足を撫でている幸太に、右足を撫でろということだろうか。
「今は右ですか」
幸太は素直に右を撫でる。
「せやなぁ」
「左は痛くないんですか」
「左は、俺の知ったことかという顔してるわ」
「ほんまや、知ったことか言うてますね、ははは」
幸太がぶっこちゃんに付き合って笑っている。ぶっこちゃんも満足げに笑っている。
結婚してからずっと我が家に付き合わせて申し訳ないと思っているが、幸太は幸太なりに満足してくれているのだろうか。
「幸太、ちょっとくらいならぶっこちゃんお留守番できると思うねん。たまには一緒に出かけてみぃひん?」
「え?」
しのぶは幸太の向こうの嬉しそうなぶっこちゃんを覗き込んで手を握る。
「ねぇぶっこちゃん、明日ちょっとコーナンに買い物行ってくるわな」
ぶっこちゃんが真顔になった。
「コーナン言うたら、硬物やな」
ぶっこちゃんは真顔のまま言う。
「硬物って何」
「食料品とかの柔らかいものとは違って、硬いもの」
なるほど、間違ってない。
ぶっこちゃんを見る。ドヤ顔である。知ってるもんと言いたげである。
間に挟まれた幸太が二人の空気を緩めるように、そろっと言葉を発する。
「明日は三人で庭カフェに出かけようか。気候も良いし、確かはちみつ紅茶があったよね、それにガレットも」
「うん」
しのぶは幸太の腕にしがみついた。ぶっっこちゃんも、反対の腕を独占している。そんな茶目っ気たっぷりのぶっこちゃんに対し、しのぶは少しヤキモチを焼いた。
「ねぇ幸太、ぶっこちゃんは全部分かっていて、訳の分からないようなこと言ってるのかな、留守番させられるのが嫌だから。意識はしていないようだけど、無意識下でそうしているというか、そうなっちゃっているような気もして」
ぶっこちゃんが眠ってから、幸太に聞いてみる。
「さぁ、でも何だかいたずらっ子の天使みたいだね」
なるほど確かにそんな感じかもしれない。そんな天使さんと、神か仏のように心の広い旦那さまと、お庭でティータイムってステキじゃないの。旅行は当面おあずけだけど、今しかできない幸福の時間を楽しまなくっちゃもったいない。
しのぶは感謝の心で満たされて、幸せな気持ちで布団にもぐった。