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【エレン先生の短編小説01】今から電池の話をします


「さあ、今日は電池の話をするよ」

 エレン先生は、そう言って席についた。

「そうだなあ。電池の話だけじゃつまらないから、まずはゲームの話でもしようか」

 皆はふふんと聞いていた。

 小学校の図書室内の、特別室。
 鍵は先生しか持っていない。それはエレン先生だけじゃなく、先生、と付く人ならば誰でも。

 給食終わりの長い休み時間。その時間にここを開けるのは、エレン先生だけだ。

 近辺の小学校を日替わりで訪れている英語担当のエレン先生は、ここで色々な話をする。

 一週間前はうさぎの話だった。
 だけど最後まで聞けば、己の才能に甘んじるな、という深い話だった。

 二週間前はたしか、友達の話。
 それはそれで、ただただエレン先生が昔っからつるんでいるという友人の、面白い話だった。だけど最後に、友達は大切だよと言っていた。

 そして今日は電池の話。
 学年性別問わずに彼のファンが、この部屋に集まった。

「ゲームは好きかい?」

 僕は大好き、と付け加えて、エレン先生は質問を投げかけた。

 好き!大好き!あれは知ってる?
 そんな朗らかな声が一瞬で空気を満たすと、エレン先生は「トゥトゥトゥトゥトゥー」と人差し指を揺らせて場を静めた。

「花音、君が今夢中になっているゲームはなに?」

 ひとりの児童に目を向けて、そう聞いた。彼女は輝かせた瞳と共にこう答える。

「メイク ザ フラワーガーデン!」
「それはどんなゲームなの?」
「お花の種をいっぱい植えて、色々な花を咲かせるのっ。そのお花を摘んで、お花屋さんで売るのっ。たくさん売れば売るほど、お金が貯まるんだ!」
「それは楽しそうなゲームだね。今度僕も、やってみるよ」

 半分お尻をあげたエレン先生は彼女の頭を撫で、「教えてくれてありがとう」と言った。

「竜星、君のハマってるゲームも教えてよ」

「俺は色々あるけど……昨日やってたのはアタックゾーンかな」
「それはどんなゲームなの?」
「普通だよ。ただ敵を撃ってくだけのやつ」
「だけど楽しいんだ」
「そう」
「ならよかった」

 今度のエレン先生は頭を撫でなかった。低学年と高学年とで、対応を分けている。

「みんながいつもやってるゲームは、どこでやってるの?」

 全員が「家」と答えた。彼は「間違えた」と言った。

「どこで、じゃなくて、ナニで、か。ゲーム機本体の、名前」

 その言葉で、児童それぞれがゲーム機の名前を口にする。今流行りのものがほとんどだったけれど、昔っからあるようなゲーム機の名前もちらほら聞こえた。
 彼はうんうんと頷いたあとに、再び質問を投げかける。

「じゃあさ、そのゲーム機の電池が切れそうになっちゃったら、どうする?」

「電池なんて切れないよ」

 ある男子児童が言った。

「その前に、充電するし」

 後頭部に両手を回したエレン先生は、ワーオと言った。

「そうか、今の時代は電池なんか使わないよね。コンセントにさせば、それでいいんだもんね」

 皆の頭にハテナが浮かんだと思う。
 そうだよ、それで?っていうハテナが。

「じゃあさ」

 半笑いのエレン先生は続けた。

「充電器っていうものがこの世にはなくて、全てのものは電池で動いている。だとしたら君たちはどうする?ゲーム機の電池がなくなりそうになった時」

「替える」

 満場一致。それ以外、あり得ない。
 なに言ってんのとか、当たり前じゃんとか、そんな言葉が飛び交った。

「何に替えるの?」
「新しい電池に」
「家に替えがなかったら?」
「買う」
「どこで?」
「電気屋、かな」
「お店がお休みの、夜中に切れるかもよ?」
「じゃあコンビニ」

 便利な世の中になったなーなんてエレン先生は目を丸くして、感嘆する。

「じゃあさ」

 そして頬杖をついて、続ける。

「どこにも電池が売っていなかったら、どうする?」

 皆は途端に静かになった。

「今日は電池の切れる前夜です。さあ、考えてみて」

 うーんと考え始めた児童たちを、エレン先生は階段の上から眺めているようだった。
 不敵な笑みを浮かべ、どこか満足げだった。

 六年生。ひとりの児童が手を挙げた。

「使いません」

 それはどういう意味?とエレン先生が聞いた。

「使わなかったら、少し復活するかもしれないから」
「電池自体がってこと?」
「はい」
「どうして?」
「なん、となく」
 今度試してみようかな。エレン先生はそう言って、大きく頷いた。

「真っ直ぐ目的地に向かうかなあ」

 RPGゲームに熱中していると言った、四年生の児童が言った。

「どういう意味?」

 エレン先生が聞く。

「レベルが低くても、最終ボスに挑んじゃうかも」
「お、勇敢者だね。どうやって戦おう」
「今持ってるありったけの剣とか槍とか装備して、仲間も連れて」
「勝てるかな」
「分からない」
「でも行くんだ、ボスのとこ」
「だって電池切れるし。どっちにしろ終わるなら」
「かっこいい」

 エレン先生は、花音にも聞いた。

「花音。君の花畑はどうするの?」
「どうしようかなあ」
「もう花屋で全部売っちゃう?」
「それはしない」
「どうして?」
「だってもうお金はいらないもん。電池切れちゃうんでしょ?」
「うん」
「だったら最後は、綺麗なお花畑がもっと綺麗になるように、水をたくさんあげるかな」
「わあ。最高だ」

 洞窟で財宝を採掘する、というゲームをしている児童は、慌てて持ち帰ると答えた。
 どうして?とエレン先生が聞くと、王様に見せたいから、と言った。
「王様の笑顔が見られるといいね」

 曲のリズムに合わせて太鼓を叩く、というゲームをしている児童は、もう何遍も叩いた曲を選曲すると答えた。
 どうして?とエレン先生が聞くと、だってこの曲が一番好きなんだもん、と言った。
「僕もあるよ、毎回カラオケで歌っちゃう曲」

 ゾンビを倒していく、というゲームをしている児童は、逃げまくると答えた。
 どうして?とエレン先生が聞くと、最後の最後で食われたくねーし、と言った。
「それはそうだ。痛いのはいやだ」

 オンラインで仲良くなった人物がいると言った児童は、ゲームの中、その人物に会いに行くと答えた。
 どうして?とエレン先生が聞くと、もう会えないことを伝えておかないと、相手が心配しちゃう、と言った。
「さようならを言いに行くんだね」

「君たちの命は、替えのきかない電池なんだよ」

 唐突に、命の話になった。

「充電もできなければお金で買うこともできない、電池なんだ」

 でしょ?っという顔をするエレン先生に、誰も何も、返せなかった。

「君は昨日、何をしてた?」

 一番端に座っていた児童に、皆の視線が向けられた。

「君の昨日を教えてよ」

 真剣な眼差しのエレン先生に、戸惑う彼の瞳が揺らぐ。

「が、学校に行きました」
「それで?」
「えーっと、給食がおいしかった、かな」
「あとは?」
「あと?」

 口を噤む彼とふんだんに視線を絡ませたあと。エレン先生は隣の児童に目を向けた。

「夏菜子は昨日、何をしてたの?」

 四年生の児童は言う。

「ミカちゃんと遊んだよっ」
「なにして?」
「ブランコ」
「楽しそう」

 慶太は?
 そう言われて、五年生の児童は腕を組む。

「お、覚えてない」
「なにも?」
「なんだっけなー。担任に怒られたけど、いっつも怒られるから、なんで怒られたのか忘れた」

 どっと笑いが起きて、エレン先生も笑った。
 そして、三回ほど手を叩く。

「昨日までに使った命の電池は、もう充電できないし、消えちゃったからね」

 笑い声がおさまり、再び児童は静かになる。

「勉強しようが、遊ぼうが、だらだらしようが。電池は消費されていくんだ。ゲームをつけっぱなしで寝ちゃっても、それはおうちの人に電気代がもったいないわね!って怒られるだけだけど、それが命の電池だったらどう思う?命の電池が切れる前夜だったら、そんな使い方するかな?」

 皆がいっせいに首を振る。
 エレン先生はだよね、と言った。もっと大切に使いたいよね、と。

「ここで命の電池のデメリットを教えよう」

 ズバリ。と人差し指を立てて、姿勢を正す。

「いつ切れるか、誰にも分からないんだよ。厄介だよね。今日切れるのか明日切れるのか。はたまた百年後なのか。神様しか知らない」

 その人差し指をそのまま胸にあてて。

「今は……よかった。僕の電池、動いてる」

 その仕草を真似るように、皆も胸に手をあてた。

「だからもったいない使い方をしちゃうんだね。これが電池の切れる前夜だって知っていたら、絶対にそんな使い方しないのに。僕たちはそれを知らないから、スイッチ入れたまんま、ぼけっとしたりしちゃう。まあ、たまにはそれも、いいと思うけど」

 エレン先生は児童ひとりひとりの顔を丁寧に見て、最後、一番奥の席に座っている四年生の僕と目を合わせた。

「命の電池のメリットを言うよ。しっかり聞いてね」

 僕はうんと頷いた。

「なんでもできるんだ。すごいでしょ」

 皆はぽかんとした。高学年の児童数人だけが、頷いていた。

「この電池を使って脳みそや手を動かすとね、なんでもできるんだよ。例えばこの机もそうだし、ペンも。一生懸命考えて、一生懸命作ることに電池を使ってくれた人がいるから、僕たちの生活の一部になった。この学校もそうだし、君たちが大好きなゲームだってそう。まだ見ぬスポーツを生み出すこともできるだろうし、感動するお話を作ることもできる。それをさらに本に映画に。僕は今日、空飛ぶ飛行機を見てこう思ったよ。あれを作るには、きっとたくさんの電池を使ったんだろうなーって。そしてそれを運転するパイロットは、学ぶことにいっぱい電池を費やしたから、夢が叶ったんだろうなって。命の電池の可能性は、無限大だ」

 腕時計に目を落としたエレン先生は言った。

「よし、じゃあ電池の話はこれでおしまい。まだ授業まで少しだけ時間があるから、この部屋は開放しておくよ」

 席を立って、扉を開ける。
 振り向きざまに、こう言った。

「君たちの貴重な電池を使って、僕の話を聞いてくれてありがとう。僕はまた聞くからね。昨日の君は、命の電池を何に使ったの?って」


 


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