33.夢か現実か幻なのか

プロローグから続いています。


状態は徐々に快方に向かっていった。
家族の声、日差しの明るさ、周囲の人の温かさを、
少しずつではあるが感じることができるようになっていった。

しばらくすると
そんな私の状態を知る友人が私を仕事に誘ってくれたのだ。
20代の頃毎日のように事務所帰りに飲み歩いた昔なじみの友人。
新しい法律事務所に移る際に、
短時間で良いから一緒に来ないかと誘ってくれたのだった。

正直なところ通える自身は無かったが、
夫からも一人で家に居るよりは良いだろうと薦められ、
簡単な雑務だけのつもりでパートで働くことになった。
時間も通勤ラッシュを避けた時間帯にしてくれ
11時〜16時までという短時間勤務だ。

久しぶりに会う友人や外の風が心地よく感じた。

新しい事務所は新宿にあり、
韓国や台湾といったアジア圏の依頼者が多い事務所だった。
数ヶ月もすると元の感覚を取り戻したかのような錯覚さえ覚え、
前よりも段取りよく仕事をこなせているのではないかと
自分でも思うほど順調だった。
最初は簡単なコピー取りや書類の整理等という雑務から始まり、
数ヶ月も経つと任される案件が増えていった。

最終的に自己破産や韓国の戸籍などの翻訳を担当するようになるが、
破産案件を見ても自分の過去と照らし合わせるようなことは無くなり、
自分自身に自信すら芽生えはじめていた。


そんなある日、私は夫に引っ越したいと伝えた。
引越しをして一からすべてをやり直したいと
そう伝えたのだ。
完全とは言わないまでも
以前の自分を忘れる日があるほど日々に充実感を感じ
自分自身を取り戻せている自負もあった。
そんな想いとともに
何よりもこの家であった様々なことを
封印したい想いが根強かったのかも知れない。

仕事が終わり家に戻ると、
どうしても思い出してしまう過去の出来事。過去の自分。

この数ヶ月の間
家具を処分したり、家のお祓いもやっていた。
それでもどうしても思い出してしまう
辛い過去が掃いて捨てるほどあった。
日々の生活に充実というものを久々に取り戻していたものの
私はそれを払拭したい自分を抑えきれずにいた。

最初のころ夫は反対していたが、
私が頑なに譲らない性格なのは私以上に知っている。
それならば、賃貸ではなく家を購入しようと言ってくれた。


週末になると不動産屋や物件めぐりが始まった。
真新しい新築の家を見て回ったり住宅展示場に足を運んだり、
家族三人で過ごすこの時間が何よりも楽しく幸せだった。
何の心配も無かった。
もう大丈夫。
すべてではないけどもう大丈夫。
充実感とともに、少しずつ私の中に光にようなものが芽生えていた。

そして、
ある一つの小さな物件に決めることにした。
見て回った中で一番小さな物件で駅からも一番遠い物件。
でも、何かに引き寄せられるようにそこに決めることにしたのだ。
ここからすべてがまた始まる。
そんな期待感にワクワクしていたのを憶えている。


その物件は着工する前の準備段階だということで
外壁から間取りまで、すべてを自分たちで決めることが出来た。
そのため
ローンを組み審査をしている最中も
キッチンを選びにショールームへ行ったり、
図面を一から変更するために不動産屋との打ち合わせ行ったり
毎週末を新たな生活に捧げていた。
私にとっては
新しい人生の幕開け儀式のように眩しく感じていたのだ。


2011年2月。
ローンの審査が通った。
いよいよ着工の準備が始まる。
諸々の段取りを終えると、
完成予定を目処に家の解約をするべく大家さんへ通知した。
これまで様々なことがあったがここともあと少しでお別れする。
結婚してここに住み始めた。
娘もここで生まれた。
結婚生活のすべてがこの家に詰まっていた。


2011年3月。
私はいつものように新宿の事務所で働いていた。
契約が決まってローンと家賃
二重に支払うことに数ヶ月間なるからと、
これまでにも増して意欲的になって働いていた。

そして、それは突然訪れた。

これまでにも感じたことの無いほどの揺れ。
窓の外を見ると、
新宿のビル郡がまるで粘土か何かで作られているかのように波打っている。
事務所内の人たちと慌てて階段で外に出た。

東日本大震災が起きたのだ。

この日を境に
私はまた外に出ることが難しくなってしまった。
何よりも続く余震を考えると
電車に乗れなくなってしまったのだった。
しばらくは自転車で1時間かけて事務所に通ったてみるものの
体力、気力ともに限界があり、仕事を辞めることになった。


それでも以前のような落ち込みは無かった。
仕事は辞めたがこれから家が建つ。
それが希望となっていたからだ。
一から生活を始めれば良いだけ。
何よりも昔の私ではもう無くなっている。
不安を抱えながらも
そう自分に言い聞かせていた。


そんな想いとは裏腹に一向に着工する様子が無い。
何度も不動産屋に問い合わせてみるも、
建築資材は復興支援優先のために
新築物件を建てる方にはなかなか回ってこないという説明だった。

私よりも辛い思いをしている人がいる…そう更に自分に言い聞かせる。

でも現実をみると
ローンを組んだ後の退職が脳裏に浮かんでならなかった。
事務所を辞めてしまったため、
家計を大きく占める賃料とローンという
二重の支払いが数ヶ月続くことに不安を感じていた。
それに輪をかけて完成予定が白紙のような状態。
祈るよりほか無かった。

震災から一ヶ月。

東京も余震が続く中、少しずつ自分の生活を取り戻す。
そんなある晩
夫が帰宅しその言葉に唖然とした。
仕事…クビになった。
息を呑んだ。
何を言っているのかさっぱり分からなかった。


無職の私、そして二重の支払いと幼い娘を抱える中
夫がリストラされることになったのだ。


つづく

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心理カウンセラー小園麻貴(こぞのまき)
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