思いがけない二者択一問題に、どう答えたか?~入院中の意思決定も、一般的なフレームワークを無意識に活用していた話~

「化学療法だけではなく、骨髄移植もすべきか考える必要があるということですか?」

主治医から思いもよらない話しを告げられ、焦って聞き返した。

「膿瘍の治療のため、6週間抗がん剤治療をストップしてしまいました。
また、一部の抗がん剤はすべての薬を投与できずに終わっています。
治療開始当初は、化学療法だけで良いと判断していましたが、このような状況から、骨髄移植も検討した方が良いと考えています」

私は、がっくりと肩を落とした。

膿瘍治療のせいで、ただでさえ入院期間が延びているのに、骨髄移植もしたらもっと退院が遠のくではないか。

骨髄移植は、治療自体も非常にタフな上に、治療後の体調にも大きく影響があると聞いていた。

「骨髄移植をした場合と化学療法のみの場合で、退院した後の体調はどれくらい違うのでしょうか?」

恐る恐る質問した。

「入院前を100とした場合、化学療法のみは90、骨髄移植後は70ぐらいのイメージでしょうか。
化学療法だけの場合は、筋力が戻れば比較的早くに普通の生活に戻れると思いますが、骨髄移植をした場合は、粘膜などへの副作用も出るので食事が戻るのに時間がかかります」

そうと聞くと、ますます骨髄移植はしたくなくなる。

「私が骨髄移植をするメリットは、何でしょうか?」

「再発率を下げるためには、骨髄移植が有効です」

デメリットがある骨髄移植が、どれだけの再発率を下げることが出来るのか?
それが知りたかった。

私が発症した白血病のデータは、国内だとそう多くないそうで、参考になりそうなアメリカで書かれた論文を、先生が持ってきてくれることになった。

骨髄移植をしたいとしても、ドナーがいないと始まらない。とりあえず、ドナーが骨髄バンクにいるのかどうかだけ、先に確認することになった。

とりがえず、私のケースについて簡単に整理するとこうなる。

入院直後の検査で、私は急性リンパ性白血病と診断された。
追加の詳細検査の結果、骨髄移植は不要との判断が下されたので、抗がん剤による化学療法のみ行う予定であった。

白血病治療の内容は、白血病の型によってプロトコルが決まっているので、医師と患者が意思決定して作り上げるものではない。

私の場合は、急性リンパ性白血病向けの化学療法のプロトコルに沿って抗がん剤治療を粛々とこなすことになる、と入院直後に主治医から説明を受けていた。

しかし、想定外の副作用とそのための化学療法の遅延から、骨髄移植を検討するように告げられた。

さて、どうするか。

私の意志を尊重してくれるようではあるが、主治医は骨髄移植を勧めているようだった。

まず、出来る範囲で、化学療法と骨髄移植の比較情報の収集・整理を行った。

治療期間は、化学療法でも最低6か月はかかる。骨髄移植をすると決めた場合と、それほど大きくは変わらないと聞いていた。ただ、私の場合は、膿瘍治療の後に、骨髄移植を検討することになったので、ドナー探し等、アレンジにかかる期間も含めて、入院は最低でも10カ月超~1年になると予想された。

主治医が提供してくれた7-8年前に書かれたアメリカの論文によれば、確かに骨髄移植をした患者の方が、再発率は低かった。しかし、私が期待したような50%減のようなレベルではなく、厳しい治療とその後の体調を考えた場合、メリットをそれほど感じない数字だった。

私にとって、退院後の体調は優先順位の高い要因だった。
子供たちに長い間、寂しい思いをさせてしまった。
だから退院後、母親が具合悪くて半分寝ているような生活は避けたかった。

長女は中学受験を控えていたので、退院したら学校説明会への参加、通塾のサポートを積極的にしたかった。
退院後も通院治療で抗がん剤を飲み続けるため復職はできないが、育児にはなるべくコミットして、子供たちの世話を目一杯してやりたかった。

治療の辛さも重要だった。
骨髄移植をするには、放射線治療も事前に行わなければならない。そして、私が腸閉塞を患った寛解治療を再度行い、その上で骨髄移植を行うという。

その後も、粘膜障害の影響で、食事をとるのがかなり辛くなると聞いていた。
腸閉塞を患ったので絶食はしたが、抗がん剤による副作用として吐き気はほとんどなかった私は、粘膜異常による食欲減退について聞くだけで、ブルーになった。

私の得が情報では、決定打にかけていると感じたので、セカンドオピニオンも取ることにした。
白血病患者を多く受け入れている病院の、高名な先生のレターを主人に入手してもらった。

そのレターには、主治医が私に説明していることとほぼ同じコメントが記されてあった。

ただ、「膿瘍治療が発生したこともあり、骨髄移植を検討するのは妥当である」という書き方で、絶対にする必要があるとも書かれていなかった。

情報収集を進めていたら、主治医が病室にやってきた。
いつも機嫌の良い先生だったが、その時も明るい表情だった。

「骨髄バンクから返事がきました。
同じ型のドナーは百人以上いるそうです。
こんなに多くのドナーさんがいる患者さんは非常に珍しいです」

なるほど。

私は、骨髄移植を自分が望めば出来る環境が整っている、非常にラッキーな患者みたいだ。

でも同時にこうも自分に言い聞かせた。

「流されるままに骨髄移植をしたら、絶対に後悔する。
 どちらにするか、自分で決めないと、どんな結果になったにしろ、人のせいにしてしまうだろう。
やっぱり、それだけは避けなきゃ」

人生、自己責任。
自分のことは自分で決める。
自分で決めたら、何事も人のせいにはしない。

自分の昔からの生き方を、病人になっても忘れないように、と心の中の自分が呟いていた。

私は、意思決定の一般的なフレームワークを活用して決断を下した。

当時意識的にフレームワークを使ったわけではないが、改めて思い返すと評価軸を決め、さらに重みづけをして2つの治療方法について評価した思う。

当時の頭の中を整理すると、こんな具合だった:

治療に関して評価軸を決めて、3段階で評価。
(良い=3、普通=2、悪い=1)
それぞれに重み付け(高3~低1)を行った。

<評価軸>
再発率
治療後の体調
治療による負担
入院期間

化学療法と骨髄移植とを自分なりに評価すると、化学療法が21ポイント、骨髄移植が13ポイントとなった。(noteでは表が掲載できないので、詳細を示した表は割愛する)

自分にとってのプライオリティを反映して評価すると、化学療法を選ぶ結果となった。

医師は、患者の病気を治して、その後なるべく再発しないようにと考えて判断を下す。

患者は、自分の置かれた環境を俯瞰して、治療後どのように生活を組み立てていくかを念頭に置いて治療を選ぶ。

1年間超入院しその後活動量を抑えた生活を続けて、60歳ぐらいまで再発しないで生きるのと、半年超で退院し積極的な子育てをして、もっと早い時期に再発するのでは、後者の方が価値があった。

特に、中学受験は待ったなしである。2020年2月の試験のために、2019年の春までには退院して、その後はフルサポートしてやりたい。
2019年夏に退院して、その後寝たり起きたりの生活をするようでは、長女をサポートすることは出来ない。

腹を決めた私は主治医に伝えた。

「いろいろと検討しましたが、やっぱり私は骨髄移植はしたくありません。
予定通り、化学療法のみでお願いします」

その後、医師との話し合いの場は2回以上持ったと思う。

私の意志決定におけるプライオリティも、説明した。

そして最終的には、主治医も当初の予定通り化学療法を行うことに同意してくれたのだった。

人はいつか死ぬ。
死なない人間なんていない。

ただ、死ぬタイミングがみなそれぞれなだけ。そのタイミングによって、いろいろな感情が湧き出てくる。

私は子供達が小さな時に、生きていたと思った。
彼女達が成長した時に、生きていられなくても、小さな時は生きていたい。

そう思った。

骨髄移植をしないという決断。

この決断が、これからどういうインパクトを持つのか私にはまだ分からない。

再発するかもしれないし、しないかもしれない。

ただ、化学療法だけでも再発しない割合だって、それ相応にある。
きっと自分はその「再発しない割合」の中に入れるんじゃないか、と思って生きていこう。

怯えて生きるのは疲れるし、つまらない。

楽しい時間を沢山過ごせば、次の治療に備えることが出来るし、乗り越えようと思う気力が湧いてくるだろう。

確実に私は、楽天主義者だ。

「交通事故にあったと思ってください」

と主治医が言った白血病になっても、それは変わらない。

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骨髄移植をしない決断をした2018年の秋からもう少しで5年。
私は日常を取り戻し、復職もして白血病になったことを自分自身が忘れるような日々を送っている。
関連情報を提供してくれ、真摯に向き合ってくれた主治医、セカンドオピニオンを入手してくれた家族に心から感謝している。

今でも、化学療法と骨髄移植を比較して意思決定したあのプロセスがあったからこそその後納得いく治療を受け、後悔することもなく過ごせたと感じている。納得いく治療を選択できた自分は幸せものだと強く思う。

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