極めて個人的な、2021年本屋大賞の予想
1月21日に2021年 本屋大賞ノミネート作品が発表されました。
そして大賞が発表される4月14日まで1ヶ月を切りました。
小説ファンのひとりとして、ノミネート10作品を読み終えたいま、個人的な好みは反映させますが、この賞の主旨である「全国の書店員が選んだ一番売りたい本」、言い換えると、読者人口が減りつつある中で、世の中にはこんなに面白くて、心を揺さぶられる本があるんだよ、とできるだけ多くの方に伝えたくなるような本という視点で、今年の本屋大賞を予想していきます。
1. 私の中の2021年本屋大賞
先に結論をいいます。
2021年の私の中の本屋大賞は次のとおりです。
本命:『犬のいる季節』
対抗:『推し、燃ゆ』と『お探し物は図書室まで』
大穴:『オルタネート』
です。
いかに、どうやってこの結論に至ったのかを書いていきます。
2. 評価する視点
単純にいくつかの指標を決めて、それぞれにウェイトを付けをし、その合計点の多さで大賞を予想するという方法は、精緻なようでいて、実は主観を隠しているだけになりますので採りません。
切り口はいくつか定めますが、それすら主観の産物です。ご容赦ください。
なお、1位から10位までの序列をつけるのが私の目的ではないので、上位にくるものだけを書いていきます。
2-(1) 一般読者から見た人気と評価
3月16日現在のAmazonレビューを見ると、高評価点とレビュー数の多さでは次の順になります。
1位:『犬がいた季節』 4.6ポイント / 94個
2位:『逆ソクラテス』 4.5ポイント / 643個
3位:『52ヘルツのクジラたち』 4.5ポイント / 268個
4位:『オルタネート』 4.5ポイント / 235個
5位:『お探し物は図書室まで』 4.4ポイント / 116個
- 位:『推し、燃ゆ』 3.9ポイント / 946個
1位から5位までのレビュー評価点の差は、ほんの0.2ポイントしかなく、この5作品に関してはほぼ同列線上にあると言えます。
とは言いながらも、評価点で頭ひとつ出ているのは、『犬がいた季節』だとわかりますし、2位以下では『逆ソクラテス』のレビュー数の多さは特筆すべきです。
あと特徴的だったのは、『推し、燃ゆ』です。評価点は対象作品のなかでは2番めに低いのですが、レビュー数は946個と圧倒的です。読んだ後の満足度はそこまで高くないけれども、芥川賞受賞などで話題となったことが数字に表れているのかもしれないですね。
2-(2) 対象とする読者層の広さ
ここからはほぼすべて私の主観による判断です。性別、年齢層、テーマが多くの読者に受け入れられやすいこと、で選びました。
【上位にくる3作品】
『犬がいた季節』
いくつかのショート・ストーリー形式を取っていて、主人公は女性であるものも男性であるものもあります。また小説の舞台はある地方の高校であることと、昭和の終焉から今までという時間軸をとっていて、その時どきにおこった事件を織り交ぜているので、感情移入しやすいです。
高校時代という多感で、恋愛、友情、家族との絆、進路、別れなどの悩みや悲しみとともに、出会いや心の触れ合いといった喜びを、ベタついた感じではなく、優しく包み込むようなタッチの心温まる小説になっており、全方位で受け入れられる作品です。
『逆ソクラテス』
この小説も5つの短編小説で構成されています。
登場人物は小学校高学年の子どもたちです。彼らのキャラが多様なことも魅力ですが、子供の頃に持っていた夢や好奇心や悩みを思い出すとともに、作中にでてくる大人の意外な面が明らかになることで、大人が読んでも「そうなんだよね!」と思えたりします。5つのストーリーの設定が多彩ですので、自分や身近な人に環境を重ねやすいことも、多くの人を引き込む要因になっています。
『お探し物は図書室まで』
取り上げているテーマが仕事(キャリア)ですので、対象とする読者は大人がメインかもしれないですが、登場人物は、20代前半で仕事のやりがいを見つけられない人から、子育てと仕事の両立に悩む人、定年退職後の生き方を探している人まで幅広い年齢層を網羅していることと、本が登場人物の悩みを解決するきっかけになっているという仕組みは、幅広い層に受け入れられるものです。
2-(3) 作品のクオリティ(表現力、ストーリー展開のうまさ、世界観など)
ノミネートされている作品の優劣をつけることは、おこがましくてできないので、完全に個人的な好みだと受け取ってください。
『推し、燃ゆ』
描かれている世界観の好き嫌いが分かれる作品ですし、評価するにしてもどういう点を良いとするかの視点も一様ではありません。良くも悪くも、簡単な世界を描いているようで複雑でもあります。
表現の仕方が豊かであるために、各所でこれをどう解釈すればいいのだろうと意味を探す楽しさがありました。
文体のリズムも何種類かのパターンを使い分けています。
ノミネート作品の中では一番の短編ではありますが、150ページ程度で、ここまでの表現ができていることへの驚きと、小説の新しい楽しみが発見できましたので、作品の質という意味では、本作品が飛び抜けていました。
『犬のいる季節』
縦糸が青春の甘酸っぱさとその心象風景の表現というハートウォーミングなものだとするなら、横軸は死と別れです。
「図」として出てくるのは前者ですが、いかにもベタに感動させますというのではなく、むしろモノクロの濃淡を使い分けるような繊細さと抑えた表現が読者に解釈を委ねるという小説の厚みに繋がっていて、ジンときました。
『逆ソクラテス』
『滅びの前のシャングリラ』
すでに本屋大賞を受賞されている凪良ゆうさんと伊坂幸太郎さんの作品は、さすがの貫禄です。
2-(4) 時代をとらえていること
『オルタネート』
マッチングアプリ、LGBT、シェアハウスなどを題材に取り入れて、今を生きる若者の生きづらさや独特の距離感が表現されています。
『お探し物は図書室まで』
この小説を現代のキャリア論をケーススタディで表わしたものという見方をするのであれば、これほど働き方に関する現代の課題を見事に描写しているものはないです。
『推し、燃ゆ』
本中には主人公の病名が出てきませんが、なんらかのコミュニケーション障害を持っています。
多様性の時代と叫ばれながらも、現実ではステレオタイプに当てはめて人を判断するというコミュニケーション不全の手前にある現代において、何を拠り所として生きればよいのか、私たちは一歩先に進むことができるのかを問うているように感じる作品です。
3. まとめ
今年のノミネート作品は、どれが大賞を取っても不思議ではないです。
総じてクオリティが高かったです。
ただ言い換えると、たとえば過去の大賞作品で、『そして、バトンは渡された』(2019年)、『かがみの孤城』(2018年)、『舟を編む』(2012年)などのように、他のノミネート作品との兼ね合いもありますが、どう考えてもこの作品で大賞は決まるでしょうというほど、圧倒的な強さを見せるものはなかったように思いました。
最近のノミネート作品では、映像化されているものがたくさんあります。それはそれで悪くはないですが、作者と読者の共創で、独自の「映像」を読者の頭の中で自由奔放に繰り広げることのできる、小説ならではの醍醐味を、楽しく、そして感動をもたらせてくれる作品がこれからも増えることを願ってやみません。
大賞発表までまだ1ヶ月弱あります。
皆さんなりの本屋大賞をみつけてみてはいかがでしょうか?
4.ノミネート作品の寸評
ノミネート作品の寸評を下に書いています。そのうちの8作品については、Amazonレビューに、レビュアー「Makita」で詳しく書いています。
『推し、燃ゆ』 (宇佐見りん)
時代を描いたメッセージ性、肉体性をもたせた表現力、言葉遊びの要素、文体の使い分けによるリズム感など、他の追従を許さない傑作です。
ただ、扱うテーマの好き嫌いは分かれるので、大賞受賞となるか?
『犬がいた季節』(伊吹有喜)
高校時代という青春ストーリーの王道に、「死」や「別れ」といった辛く切ない要素を、モノクロの絵画の手法を使うことで、優しく包み込むように描いた傑作
『逆ソクラテス』 (伊坂幸太郎)
テーマはタイトルそのままで、「無知の知」を唱えたソクラテスの逆で、「知らないことを知らない」、「そうは思わないことを、そうは思わない」と言えない大人の常識に対する子どもたちの逆襲を、軽やかかつシンプルに描いた小説。読後感が爽快です。
『滅びの前のシャングリラ』(凪良ゆう)
1ヶ月後に人類が滅びるとしたら?
そんなカオスになっている世界で、善悪の判断もなくなった中、家族や愛する人、友人との絆の大切さや、生きることの意味とは何なのかという永遠のテーマに対して骨太なストーリーで答える凪良さんの意欲作です。
『お探し物は図書室まで』(青山美智子)
働くことや生きることの意味を、わかりやすく、いくつかのストーリーでまとめた作品です。キャリアについてを仕事としている身としては非常に興味深い小説でした。
『この本を盗む者は』(深緑野分)
私の嗜好としては、荒唐無稽でハチャメチャな空想の世界を見せてくれるこの種の本に惹かれます。そして、この小説もその楽しさを思う存分に味合わせてくれる想像力満載の素敵なものでした。
『八月の銀の雪』(伊与原新)
他のノミネート作品が「動」だとしたら、本作品だけは「静」であり、人として本当に大切なものは何かを内省させてくれます。
5つの短編で構成されていて、世界観に圧倒されるクオリティのものがある反面、それが弱いものが混在しているのが少し残念でした。
『自転しながら公転する』(山本文緒)
478ページにおよぶ長編ですが、この作家の筆力がすごくて、読んでいくほどに引き込まれて、一気に読み上げたくなるほど魅力的です。
惜しむらくは、価値観・結婚観の設定にもう一工夫欲しいなと思いました。
『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)
「一度目は声を聴いてもらい、二度目は声を聴くのだ」
この小説の主人公や主な登場人物は、虐待を受けていたり、トランスジェンダーだったりという、辛い生き方をしています。
それであっても、最後には、すべてを失ったと思っていたけれども実はたくさんのものを持っていることに気づき、自分の人生を生きようと決意する、成長物語です。
『オルタネート』(加藤シゲアキ)
高校生専用のマッチングアプリを題材にしているところに視点の面白さを感じましたが、登場人物の個性や、人との関係性の描き方が淡泊に思えました。「オルタネート」の主旋律が、関係性の希薄さを描くことなのだとすれば、なかなかの作品なのかなとも感じる小説でした。