ウィークエンドシトロン
第一章
1
もうどのくらい歩いただろうか。
住み慣れた街なのに、果てしない道を歩いているような錯覚に陥る。
イヤホンから聞こえるラジオ番組では、名前も知らないクラシック音楽が流れている。あまりにも耳障りが良く、ドラマのような現実から目を背けさせてくれる。
気付けば白い吐息が絶え間なく昇っていき、澄んだ夜空の先にはいくつもの星が浮かんでいる。
星から目を離した瞬間、パーカーのフードを目深にかぶっているのに、現実の世界に戻されたようにすれ違う車や人、ここにいる全員から見られている気がして、じわりじわりと自分の首が絞められていくような感覚に襲われる。
――もう何も恐れることはない。そう自分に言い聞かせ、暗がりの中をひたすらに歩き続ける。
少しして、大きな川が見えてきた。堤防を駆け降り、川辺の茂みに身を潜める。
もう一度だけ辺りを見渡すが、全く人影はなく、浮かんだ星たちが相変わらず見つめてくるだけだった。
――今日はここにしようか。
……曲の途中ですが、只今速報が入ってきました。大空町内の住宅街にて二階建ての住宅で火事があり、現在も延焼中です。近隣にお住まいの方は避難をするなどして、安全を確保してください。大空消防署によると、現在も消防車数台で消火活動を行っておりますが、現在も延焼中ということです。また、警察によりますと、この火事で住人と見られる二人が病院に運ばれたとのことです。繰り返します……。
この場所で一夜を明かそうかと思ったが、それはやめた。
高鳴る心臓の音がはっきりと聞き取れる。
ラジオをポケットにしまい、再び暗がりに向かって歩き出した。
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