31/100 リチャード・ブローティガン著「アメリカの鱒釣り」/赤いドレスの女は何を?
本を読んでいると、時々、思わぬところにたどり着く。
きっかけは江國香織の「泣く大人」というエッセイを読んだことで、そこで紹介されていたリチャード・ブローティガンの「西瓜糖の日々」という本に興味を持ち手にとった。それは私が思っていたのと全然違うシュールな話で(字面だけをみるとメルヘンなのに!)中でも作中に何度も出てくる「鱒」という単語にひっかかりをもった。そこで「アメリカの鱒釣り」というブローティガンの処女作品を手にすることになった。そして今度はその中で出てきた「ジョン・ディリンジャー」という単語から、このアメリカでは誰もが知る1920年生まれの銀行強盗の人生に興味を持ち、そして彼を死に追いやった「赤いドレスの女」のことを昨日からずっと考えている。
1934年7月22日、ディリンジャーはガールフレンドのポリー・ハミルトン(Polly Hamilton)とアナ・カンパナス(Ana Cumpanas, 別名:アンナ・セージ(Anna Sage))と共に、シカゴ近郊のリンカーンパーク(Lincoln Park, Chicago)にある映画館バイオグラフシアター(Biograph Theater)で上映中のギャング映画『男の世界』(原題: Manhattan Melodrama)を観に出かけた。この時、いつもは地味なアンナが派手な「赤いドレス」を着て出かけた為仲間にからかわれていたとの証言が残っている。ルーマニアからアメリカに移住し、当時売春宿を経営していたアンナは、売春宿の摘発によるルーマニアへの強制送還を恐れ、顔馴染みのディリンジャーの情報をFBI捜査官に売っていた。FBI捜査官は映画館の外で待ち伏せする際、ディリンジャーを見失わない様にする為、予めアンナに赤いドレスを着る様に指示していた。映画が終わり外へ出てきたディリンジャーは待ち伏せしていたFBI捜査官らに囲まれた。そして捜査官らの一斉射撃を受けその場に倒れた。一説によると、銃を抜く動作をせず「撃たないでくれ!Gメン!」と叫んだディリンジャーの背後から発砲したとの目撃証言もある。5発発砲された弾丸のうち3発が彼に命中、その内の2発は彼の胸に当たり、1発が彼の心臓を損傷、これが致命傷となった。またもう1発の弾丸は彼の首から入り右目の下を貫通していた。ディリンジャーはアレクシアンブラザース病院(Alexian Brothers Medical Center)に担ぎ込まれたが、午後10時50分に死亡した。
ジョン・デリンジャー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
普段は着ない鮮やかな赤いドレスを着て、そしてそれを他の仲間からからかわれた時、彼女はどんなことを思ったのか。裏切り者であることがバレないようにという冷や汗か、それとも、気のいい仲間を裏切らずにはいられない、己の運命か。もちろん私が、今からそれを知る術はないのだけれど。
子どもは砂場で遊んでいた。赤い服を着て。赤いドレスの背後にカソリック教会がそびえたっていた。娘のドレスと教会の間には、煉瓦の便所がある。偶然にあるわけじゃない。あるべくしてそこにあるのだ。左が女子用、右が男子用。
赤いドレス、とわたしは思った。赤いドレスだ。しかし、さしあたり、ジョン・ディリンジャ―の姿はない。わたしの娘は独りで砂場で遊んでいる。
砂場からジョン・ディリンジャ―を引くと、なにが残る?
リチャード・ブローディガン著「アメリカの鱒釣り」
ブローティガンの作品には、現実と非現実が不規則に連なっている。砂場で子どもを遊ばせている先にふとジョン・ディリンジャ―の不在が浮かびあがり、そこから現実がぐっと揺れてしまう。だから私の思考も、「赤いドレスの女」をぼんやりと考えるような、そんな境地に陥ったのかもしれない。
子育てをしていると、何か正解がある気がしてたまに思い悩む。ただ実際は「赤いドレスの女が何を考えていたか?」という問いみたいなものでそれが正解かどうかを知る術がない。それでも考えずにはいられない、そんなことを考える、というのは時間の使い方として贅沢だなあと思う。
砂場で遊ぶ子を見守るブローティガンとシンクロするような、そんな心持ち。