14/100 植村直己著「北極圏一万二千キロ」/戸惑いは喜びより先に
コロナによる自粛期間中、自宅保育園と仕事の両立、半ば生きがいの外食を封じられた生活の中でいかに自分を奮い立たせたか、のひとつに、コロナが明けたらバッグを買う、というのがあった。どのバッグにするかを1ヶ月考え、どの色にするかを1ヶ月考えた。
そして先日、待ちに待ったその日がやってきた。店員さんに欲しいバッグの名前を言うと、なんとあっさり在庫があった。帰り道、ひときわ目立つショッパーの紐を手に、嬉しいというより気が抜けた。そしてその後は、仕事にイマイチ集中ができなかった。
1年半にわたる、犬ぞりによる北極圏横断を終えようとした夜を、植村直己さんはこう綴った。
一年半、一万二千キロにおよぶ独り旅がいま終わろうとしている。太陽が沈み、白夜の薄明かりの中で、コツビューの灯が輝き出した。この光景を、橇の上で、テントの中で、何度心に描いたことか。それがいま紛れもない事実として私の前に在る。しかし、それでもこの光景を確かな現実として受け止められない部分が頭のどこかにあって、私は頬をつねってみた。
植村直己著「北極圏一万二千キロ」
世界でも有数の緩さだった、ここ東京での緊急事態宣言下の生活。とはいえニューヨークやロンドンで患者が溢れるニュースが連日流れ、今のニューヨークは2週間後の日本です、そんな脅すようなメッセージが飛び交ってた中、そんな未来にならないように、この緊急事態が必ず収束して、気分良くバッグが買えますようにと願うしかなかった日々。
願った通りの未来が来たことに、喜びより先に戸惑いがある。植村直己とシンクロする、そんな心持ち。