見出し画像

2019年4月恐怖の難病宣告。

最初は肺炎で入院しただけだった。当時2歳の子供にはある事だろう。1週間程の入院が私達家族を絶望へと連れていった。呼吸が安定してきて、そろそろ退院という頃に医者から気になることがあると言われた。cpkの値だけが正常に戻らないと

❓cpk❓初めて聞く言葉だった。どうやらcpkとは筋肉の細胞が壊れている(壊死)値らしい。普通は筋肉トレーニングや高熱などでcpkの数値は上がるが、休む事により自然に正常な数値に戻る、それが戻らない、、、と。実際、蒼生(アオ)のcpkは400から800そして1000を超えていった。

『医者』退院は出来ますが、血液検査で少し様子をみましょう。

うーん、とりあえず医者に任せよう。最初はその程度に感じていた。アオはハイハイも立ち上がるのも、歩きだすのもかなり早い方だったし大丈夫だろうと。1ヶ月、2ヶ月後、もう忘れかけていたある日仕事から帰ってきた私に待っていたのは泣き疲れた嫁の姿。

『嫁』アオ君、難病みたい。号泣。今度一緒に病院に来て。

え?え???まったく頭に入ってこない。いきなり医者に宣告されたらしい。急過ぎて涙さえ出てこない。その夜は何を喋ったかも思い出せない。次の日の朝、あぁ、夢じゃないのか。。通勤途中の車の中で涙が溢れ出て止まらなかった。

辛すぎた。34年生きてきてぶっちぎりで1番のショックだった。たまにテレビでやってた難病患者。まさか自分の身に降り注ぐとは。。可哀想だな、とか思ってた。見終わった5分後には忘れて他の事をしている自分を思い出して腹がたった。なんでよりによってうちの子が。。親なら誰でも思うだろう。

それからは、いつもアオの事を考えていた。いつもいつもいつも。何も知らずに笑顔で遊んでいるアオ。泣きそうになる。徐々に他の子との差が見え始めた。明らかに筋肉がなく走れていない。現実に押し潰されそう。いつまで歩けるんだろう。車椅子になるのか?その次は寝たきり?心臓だって筋肉でできている。怖くて仕方がなかった。医者は治らないし、治療すらないと言う。何も出来ない苛立ちだけが残った。

そんな日々の中、SNSで難病を克服したり和らげるといった奇跡的な事例をいくつも見つけた。希望の光が差し込むようだった。医療以外で出来る事あるやんけ!医者に腹がたった。それは食事療法などの自己免疫を高めるというシンプルな方法。たしかに治療とも言えないし治るとも言えない。医者的には患者に変な希望を持たせてはいけないらしい。全部意味ないよ、と言われた。。 嫌いだな。嫌な事を言われて怒る子供の気分だった。もういいよ、先生には頼らない。医学的な事だけ言ってたらいいよ。私達、親は小さな可能性にでもすがりたいんだよ。どうやら医者に難病宣告された親や患者は2つのパターンに別れるらしい。医者に治らないと言われて鵜呑みにするか抗うか(争う、抵抗する)だ。抗ってやろうじゃないか!絶対に助ける!良くなる!そう信じてやっていこうと思う。

これからアオは乗り越えなければならない事がいっぱいあるだろうな。泣きそうになるだろうな。我慢してとっておくよ。アオが治った時の嬉し涙に変えられるように。




いいなと思ったら応援しよう!