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“貧乏神”と歩んできた人生

振り返ると、いつもあのゲームで遊んでいた。
僕の人生には、そんな特別なゲームがある。
「桃太郎電鉄」。
言わずと知れた、すごろく系ゲームの「ど定番」である。

出会いの印象は、弱かった気がする。
第一作の発売当時、僕は高校生。小学生の頃から週刊少年ジャンプを愛読し、ドラクエなどファミコンのゲームの進化と一緒に育ってきた世代だ。もちろん、「桃太郎電鉄」は発売と同時に購入した。
ただ正直なところ、やってみて、それほど強烈なインパクトはなかったと思う。
高校生の僕にとって、ゲームは夜に一人で楽しむものになっていて、小中学生の頃のように、誰かの家に集まってみんなで遊ぶものではなかった(もちろん、今のようにオンラインで友達と遊ぶ、なんて時代でもない)。
そういう楽しみ方には、このゲームはあまり向いていなかったのかもしれない。
だから正直、第一作のことは、あまりよく覚えていない。

僕の人生に「桃鉄」が颯爽と登場したのは、大学2年生のときだった。
当時、東京で独り暮らしをしていた僕は、大学の友達と講義にも出ずに毎日遊び暮らしていた。
麻雀と並んで熱中したのが、スーファミでの「桃鉄」だった。

キングボンビーやハリケーンボンビーの衝撃は、やはり友達と一緒にプレーしてこそ、最大限に味わえる。僕たちは時に腹を抱えて笑い、時に涙目になって歯をくいしばりながら、夢中で遊んだ。
そして、次第にそれは「子どもの遊び」とは一線を画すゲームになっていった。僕たちの間で、将棋や囲碁などのように無数の「定石」が編み出されていったのだ。
線路がいりくんだ場所では、たとえ目的地まで2~3マスしかなくても新幹線カードを使うのが効果的だとか、相手が刀狩りカードをゲットしたら即座に刀狩りカードで奪うとか、中部地方のある特定のマスからはリニアカード(当時は50マス進めた)で多くの目的地に一発で着ける、とか……
(桃鉄のルールが分からない方、すみません)

様々な効果がある何十種類ものカードを複雑に使いこなし、互いに騙し・騙されながら、プライドを賭けて、僕たちは徹夜で「99年」プレーを繰り返した。
当時は、自分達が日本で一番、桃鉄を研究している最強のメンバーだと思っていたが、今思うと、同じようなことを考えているやつらが日本中にいたに違いない。
桃鉄は、そんな若者を熱くさせるゲームだった。

その後、僕たちも何とか大学を卒業し、就職した。
働き方改革なんて言葉のカケラもない時代だ。とにかく、がむしゃらに働いた。
次に桃鉄を手に取ったのは、二十代後半、結婚した頃のことだった。ゲーム機はプレステになっていた。
仕事にも慣れてちょっと余裕が出てきたのだろう。当時は、バイオハザードなど(怖かった!)いろんなゲームをしていた。
どんないきさつだったかは忘れたが、新婚の妻と、久しぶりに桃鉄をやることになった。
懐かしくて、ついつい、本気を出した。
初めて桃鉄をやる、“定石”はおろかルールさえよく知らない妻を相手に……

一方的な展開だった。
貧乏神は常に妻についている。最初は(僕に気を使ってか)楽しんでいるようだった妻も、だんだん無口になってきていた。
その表情の変化に僕は気づいていたが、あからさまに手を抜くこともできないと、黙々とプレーを続けていた。

ところがゲームというのは、不思議なものだ。
終盤、急に妻がつきはじめた。リニアカードを始め、けっこう強いカードを次々に手にいれる。貧乏神が僕の方につく時間も増えてきて……
ついに、キングボンビーに変化した。
初めての勝勢に、歓声をあげて大喜びする妻。
僕は不運を嘆きながらも、内心、妻の笑顔にほっとしていた。


そこで、あのカードを引いてしまったのだ。

「陰陽師カード」。

相手を自分の好きに操れるという、最凶最悪の、ほんとうに悪魔のような超レアカードだ。
なかなかお目にかかれないカードをこのタイミングで引いてしまったことで、僕の桃鉄プレーヤーとしての何かが、目覚めてしまった。

「え、このカード、なに?」と無邪気に笑う妻に「見てればわかるよ」と答え、そのカードを使った。
妻の列車を自在に操れるようになった僕は、カード袋を開き、そこにあった新幹線カードを破り捨てた。
ビリビリッというカードが破られる効果音と共に、妻の顔色が変わる。
「なっ、何するの?」
僕は答えない。
妻が長い時間をかけてようやく集めた強いカードを、一枚一枚、非情に破り捨てていく。
最後に一枚、リニアカードだけを残した。
温情……ではない。
僕はそのリニアカードを使い、妻の列車を動かして、僕のキングボンビーを自らにつけさせた。
あまりのできごとに泣き叫び、止める妻を振り切り、列車を遠く北海道の奥地へと連れていった。
周りには誰もおらず、目的地もない。カードもない妻は、この先、気の遠くなるほど長いキングボンビーとの共同生活を強いられることになるだろう。
満足し、操作を終えて振り返ると、妻が、これまで見たこともないような怖い顔をしていた。

最大の離婚の危機をどうやって乗り越えたのかは、よく覚えていない。
とにかく大変だったということだけは、脳髄の奥の方に刻み込まれている。
今も彼女は、夫婦喧嘩の度にその話をして、僕の人間性を激しく非難する。

幸運なことに、そんな僕たち夫婦にも、子宝に恵まれる時が来た。
愛らしい息子は、言葉を覚えるとすぐに絵本を指差して「ラピート」とか「こまち」とか言う、大の鉄道好きに育っていった。
環境は、整っていったわけだ。
僕は慎重にタイミングを計っていたつもりだったが、それでも気がはやり、やや急いでしまったのかもしれない。
息子に桃鉄を教えたのは、小学校に入ってすぐの頃だった。
Wiiだった。
過去の反省から手加減をしたつもりだったが、足りなかったのだろう。
結果的に、まだ幼い息子がリモコンを握りしめて本気で泣く姿を、何度も見ることになった。
父としては、「逆境にめげない、強い男に育ってほしい」と願うしかなかった。

その後、成長した息子は、いっぱしの桃鉄プレーヤーになった。高校生になってからは、ちょっと僕でもかなわないくらいだ。
強い男に育ったかどうかは自信がないが、性格の悪い男にはなった、と息子自身が言っている。
桃鉄が教育にいいかどうかは、我が家に関して言えば、ちょっと微妙らしい。

そして、ことし。
ついにSwitchで、待ちに待った新作の発売だ。
実は我が家には娘もいて、兄を見てきたからか、幼い頃から桃鉄は決してやらないと言い続けている。
そうはいくものか。
いま妻と息子と僕は、娘をどうやって説得してこの世界に引き入れるかと、ほくそえんでいる。


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